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41.この子はもう裏切れないでしょうね
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黄ばんだ便箋をカミロに持ってきてもらい、改めて香りを確認する。お父様立ち会いで匂いを嗅いだ。ほんのりと香るのは、柑橘系の果物だ。おそらく昨日の食事で、アルベルダ伯爵令嬢に出されたはず。
「彼女に会いたいわ」
「いいだろう、一緒に行く」
柑橘系の香りは、お兄様が好んで使っていたらしい。この香りを嗅いだとき、お兄様の顔が浮かんだ。サーラに尋ねたところ、あっさり答えてくれる。
すっきりとした香りは、男女問わず人気があった。記憶は香りと結びつき、不思議な違和感を残す。目覚めた私を抱きしめるお兄様は、白檀の香りがしたの。柑橘ではなかった。
纏う香りを変えただけ、そう言われれば納得するけれど。一般的には珍しいと思う。服や身の回りのものに、香水の匂いは移る。でもお兄様から柑橘の香りを嗅いだ覚えはない。ならば、身の回りのものを入れ替えた?
さすがに思考が飛びすぎだわ。自分でも苦笑した。ただ、なぜアルベルダ伯爵令嬢が、柑橘の香りを付けて送ったのか。真意が気になった。
他国では炙り出しという手法がある。お父様に言われて、カミロが確認した。特に文字ではなく、上で果実を絞っただけのようだ。話したいことがあるけれど、私以外に聞かれたくないのでは? そう感じた。
「お父様は部屋の外でお待ちになって。私だけで会います」
「だが」
「お願い、お父様」
部屋にある彼女の私物は、運び込む際に調べている。武器はないし、部屋のすぐ外に護衛とお父様が待つ。この状況なら安全でしょう? 説得して、私は一人で扉をくぐった。
最後まで粘ったサーラは、部屋の入り口でそっと壁際に佇む。まるで装飾品のように。
「アルベルダ伯爵令嬢、ご機嫌よう」
「アリ……失礼いたしました。フロレンティーノ公爵令嬢。意味に気づいていただけて良かったです」
扉の近くに立ったままの私、迎えたまま部屋の中央で待つ彼女。どちらも距離を縮めようとはしなかった。
「私だけに話があるようですが」
「公爵令嬢の兄君、小公爵様にお気をつけください。あの方は以前と違います。きっと何か隠しておられるわ」
曖昧な直感かしら。根拠のない妄想で話しているように聞こえ、私は眉を寄せた。その仕草に、彼女は深呼吸して言葉を改める。
「小公爵様が香水を変えられたのは、あの夜会の一ヶ月前です。それまで王太子殿下の浮気を公然と認めていらしたのに、突然態度が変わりました。明らかにおかしいです」
外から見ていたから、伯爵令嬢は気づいたのだろう。私の日記だけを辿っても、こんな情報は書かれていないと思う。そっくり信じることはないが、情報のひとつとして活用すればいいわ。
「忠告ありがとう。他にまだあるかしら?」
「公爵令嬢の日記は青い表紙ではありませんか? でしたら、一冊を王太子殿下がお持ちです。取り返した方がよろしいかと思います」
「日記を?」
王太子が? 一般的に家に置いてあり、外へ持ち出さないのが日記だ。私的な記録であり、誰かに見せることはない。それが王太子の手にあるなんて、異常事態だった。
お父様と相談しなくては。最悪、何らかの情報を握られている可能性がある。お礼を言って踵を返し、扉を出る直前に足を止めた。
「アルベルダ伯爵令嬢、イネスと呼んでいいかしら」
「はい、はい……ぜひに」
はらはらと涙を流すイネスに、私は笑みを向けた。おそらく友人へ向ける微笑みではなく、冷たい淑女の……利用できる駒へ向ける感情だけれど。この子は二度と裏切れないでしょうね。打算を含んだ私の笑みは、彼女の涙に滲んで消えた。
「彼女に会いたいわ」
「いいだろう、一緒に行く」
柑橘系の香りは、お兄様が好んで使っていたらしい。この香りを嗅いだとき、お兄様の顔が浮かんだ。サーラに尋ねたところ、あっさり答えてくれる。
すっきりとした香りは、男女問わず人気があった。記憶は香りと結びつき、不思議な違和感を残す。目覚めた私を抱きしめるお兄様は、白檀の香りがしたの。柑橘ではなかった。
纏う香りを変えただけ、そう言われれば納得するけれど。一般的には珍しいと思う。服や身の回りのものに、香水の匂いは移る。でもお兄様から柑橘の香りを嗅いだ覚えはない。ならば、身の回りのものを入れ替えた?
さすがに思考が飛びすぎだわ。自分でも苦笑した。ただ、なぜアルベルダ伯爵令嬢が、柑橘の香りを付けて送ったのか。真意が気になった。
他国では炙り出しという手法がある。お父様に言われて、カミロが確認した。特に文字ではなく、上で果実を絞っただけのようだ。話したいことがあるけれど、私以外に聞かれたくないのでは? そう感じた。
「お父様は部屋の外でお待ちになって。私だけで会います」
「だが」
「お願い、お父様」
部屋にある彼女の私物は、運び込む際に調べている。武器はないし、部屋のすぐ外に護衛とお父様が待つ。この状況なら安全でしょう? 説得して、私は一人で扉をくぐった。
最後まで粘ったサーラは、部屋の入り口でそっと壁際に佇む。まるで装飾品のように。
「アルベルダ伯爵令嬢、ご機嫌よう」
「アリ……失礼いたしました。フロレンティーノ公爵令嬢。意味に気づいていただけて良かったです」
扉の近くに立ったままの私、迎えたまま部屋の中央で待つ彼女。どちらも距離を縮めようとはしなかった。
「私だけに話があるようですが」
「公爵令嬢の兄君、小公爵様にお気をつけください。あの方は以前と違います。きっと何か隠しておられるわ」
曖昧な直感かしら。根拠のない妄想で話しているように聞こえ、私は眉を寄せた。その仕草に、彼女は深呼吸して言葉を改める。
「小公爵様が香水を変えられたのは、あの夜会の一ヶ月前です。それまで王太子殿下の浮気を公然と認めていらしたのに、突然態度が変わりました。明らかにおかしいです」
外から見ていたから、伯爵令嬢は気づいたのだろう。私の日記だけを辿っても、こんな情報は書かれていないと思う。そっくり信じることはないが、情報のひとつとして活用すればいいわ。
「忠告ありがとう。他にまだあるかしら?」
「公爵令嬢の日記は青い表紙ではありませんか? でしたら、一冊を王太子殿下がお持ちです。取り返した方がよろしいかと思います」
「日記を?」
王太子が? 一般的に家に置いてあり、外へ持ち出さないのが日記だ。私的な記録であり、誰かに見せることはない。それが王太子の手にあるなんて、異常事態だった。
お父様と相談しなくては。最悪、何らかの情報を握られている可能性がある。お礼を言って踵を返し、扉を出る直前に足を止めた。
「アルベルダ伯爵令嬢、イネスと呼んでいいかしら」
「はい、はい……ぜひに」
はらはらと涙を流すイネスに、私は笑みを向けた。おそらく友人へ向ける微笑みではなく、冷たい淑女の……利用できる駒へ向ける感情だけれど。この子は二度と裏切れないでしょうね。打算を含んだ私の笑みは、彼女の涙に滲んで消えた。
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