【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)

文字の大きさ
上 下
35 / 137

35.ケガをさせたら命の保証ができないわ

しおりを挟む
 得られた情報は少なかった。彼女は使い捨てだったのね。雑談を振れば、過去の学院生活を聞けたかもしれない。でも、正直なところ興味がなかった。

 平和な状況の話を聞いても、記憶のない私は実感できない。他人事だから、同情も感動もないだろう。ならば、距離を置いた方がいいと思った。

「ありがとう、ゆっくりなさって」

 立ちあがろうと挨拶した私に、さっと父が手を貸す。素直に受けて、伯爵令嬢に背を向けた。サーラが扉を開く。何も言わない元友人に、私はもう何も求めていなかった。

 証人としての価値は低いけれど、いないよりマシだ。王太子に直接届かなくても、ドゥラン侯爵令息を叩くのに、多少役立つ程度。王太子の手足を捥ぐ道具を振り返って気遣うことはない。

 扉の外へ足を踏み出す直前、お父様が私を抱き込んだ。びっくりして上を見上げる。どんと衝撃があり、父の前に立ったサーラが「無礼ですよ」と叱責する。ここでようやく、伯爵令嬢が走って来たと知った。

 武器を持ち込んだ可能性はない。この屋敷の警備や侍女がそんなに無能だと思わない。でも、髪飾りやペンでも人を傷つけることは可能だった。身を挺して守った父が、厳しい目を向ける。

「アルベルダ伯爵令嬢、我が娘に無礼を働くなら……考えねばならん」

 ここで匿うことなく、放り出すぞ。遠回しな脅しに、彼女はそれでも怯まなかった。

「大切なお話が残っています! 王太子殿下には、あの女性の他にもう一人……距離の近い女性がおられました。距離を取っていたから、私やリディアは知っています」

 一気に捲し立てたあと、大きく息を吐き出した。

「リベジェス公爵令嬢です」

 覚悟を決めたのか、声の震えを抑えて言い切った。父の視線から逃れるように、私に視線を合わせてくる。

「王太子殿下はリベジェス公爵令嬢を正妃とし、あの女性を側妃にする。そう側近達が話していました」

 お父様は知らなかったのね。怒りに震える吐息が漏れ、私の旋毛にかかった。もしかしたら、貴族派にしれっと所属していたりするのかしら。この辺の事情は、伯爵令嬢がいない場所でするべきね。

「ありがとう、誠意は受け取ったわ」

 にっこりと笑って、お父様の腕をぽんぽんと叩く。緩められた束縛から、するりと抜け出た。父と腕を組んで一礼する。そのまま退室した。咄嗟の対応が遅れた騎士の、詫びる声が廊下に響いた。

「部屋から出すな」

「承知いたしました」

 彼女の安全のためではなく、私のための命令だった。あの勢いでは、ガラスペンを構えて体当たりされても、大ケガするわ。事実上の危険人物認定と、軟禁だ。それを気の毒と思うほど、私は彼女を知らない。命を保証するだけ、感謝してほしいと感じた。

「お父様、リベジェス公爵家は……」

「執務室に入ってからだ」

「はい」

 腕を組んだまま、並んで廊下を歩いた。ふと気になり、後ろのサーラに声をかける。

「サーラ、ケガはなかったの?」

「はい、ありがとうございます。お嬢様」

 よかったわ。もしサーラにケガをさせていたら、私は伯爵令嬢を公爵家の敷地から外へ捨てたでしょう。命拾いしたわね。
しおりを挟む
感想 404

あなたにおすすめの小説

何故恋愛結婚だけが幸せだと思うのか理解できませんわ

章槻雅希
ファンタジー
公爵令嬢のファラーシャは男爵家庶子のラーケサに婚約者カティーブとの婚約を解消するように迫られる。 理由はカティーブとラーケサは愛し合っており、愛し合っている二人が結ばれるのは当然で、カティーブとラーケサが結婚しラーケサが侯爵夫人となるのが正しいことだからとのこと。 しかし、ファラーシャにはその主張が全く理解できなかった。ついでにカティーブもラーケサの主張が理解できなかった。 結婚とは一種の事業であると考える高位貴族と、結婚は恋愛の終着点と考える平民との認識の相違のお話。 拙作『法律の多い魔導王国』と同じカヌーン魔導王国の話。法律関係何でもアリなカヌーン王国便利で使い勝手がいい(笑)。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿、自サイトにも掲載。

愛されない王妃は、お飾りでいたい

夕立悠理
恋愛
──私が君を愛することは、ない。  クロアには前世の記憶がある。前世の記憶によると、ここはロマンス小説の世界でクロアは悪役令嬢だった。けれど、クロアが敗戦国の王に嫁がされたことにより、物語は終わった。  そして迎えた初夜。夫はクロアを愛せず、抱くつもりもないといった。 「イエーイ、これで自由の身だわ!!!」  クロアが喜びながらスローライフを送っていると、なんだか、夫の態度が急変し──!? 「初夜にいった言葉を忘れたんですか!?」

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?

ラララキヲ
ファンタジー
 わたくしは出来損ない。  誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。  それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。  水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。  そんなわたくしでも期待されている事がある。  それは『子を生むこと』。  血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……  政略結婚で決められた婚約者。  そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。  婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……  しかし……──  そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。  前世の記憶、前世の知識……  わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……  水魔法しか使えない出来損ない……  でも水は使える……  水……水分……液体…………  あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?  そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──   【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】 【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】 【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるよ! ◇なろうにも上げてます。

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

【完結】内緒で死ぬことにした〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を、なぜわたしは生まれ変わったの?〜  

たろ
恋愛
この話は 『内緒で死ぬことにした  〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜』 の続編です。 アイシャが亡くなった後、リサはルビラ王国の公爵の息子であるハイド・レオンバルドと結婚した。 そして、アイシャを産んだ。 父であるカイザも、リサとハイドも、アイシャが前世のそのままの姿で転生して、自分たちの娘として生まれてきたことを知っていた。 ただアイシャには昔の記憶がない。 だからそのことは触れず、新しいアイシャとして慈しみ愛情を与えて育ててきた。 アイシャが家族に似ていない、自分は一体誰の子供なのだろうと悩んでいることも知らない。 親戚にあたる王子や妹に、意地悪を言われていることも両親は気が付いていない。 アイシャの心は、少しずつ壊れていくことに…… 明るく振る舞っているとは知らずに可愛いアイシャを心から愛している両親と祖父。 アイシャを助け出して心を救ってくれるのは誰? ◆ ◆ ◆ 今回もまた辛く悲しい話しが出てきます。 無理!またなんで! と思われるかもしれませんが、アイシャは必ず幸せになります。 もし読んでもいいなと思う方のみ、読んで頂けたら嬉しいです。 多分かなりイライラします。 すみません、よろしくお願いします ★内緒で死ぬことにした の最終話 キリアン君15歳から14歳 アイシャ11歳から10歳 に変更しました。 申し訳ありません。

【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」  お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。  賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。  誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。  そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。  諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。

処理中です...