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26.毒による脅しと直接的な身の危険
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未婚のご令嬢を預かる。普通ならば、迎えを寄越すから帰してくれと言われる状況だった。にもかかわらず、ご両親からは「ご迷惑をおかけしますがお願いします」と丁寧な挨拶が届く。その手紙と一緒に、彼女のドレスや身の回りの物を携えた侍女が送られてきた。
「アルベルダ伯爵家は貴族派に属している」
お父様の発言に驚きはなかった。伯爵令嬢イネスを我が家に送り出したアルベルダ家は、驚くほど多くの護衛をつけたらしい。我が家の門が見えた場所で護衛は足を止め、ご令嬢の馬車だけが敷地内に入った。それは敵対する意思はないが、何らかの不穏な情報を得ていたという意味だ。
おそらくブエノ子爵家は護衛の数を揃えられなかった。またはご両親がそこまでの危険を感じておらず、情報も得られなかったのだろう。
伯爵と子爵の間にある爵位は一段階だが、ここは財力や権力に大きな差が生じる。子爵家と男爵家に大した差はなく、伯爵家より上はひとつ上がるごとに目に見える格差があった。
「私が呼ばなければよかったのかしら」
お茶会に誘わず、私が出向いたなら。そう思ってしまう。フロレンティーノ公爵家の財力と、お父様の権力や情報収集能力なら、事前に察知して護衛を増やせた。一番危険な子を、わざわざ敵の手が届く位置に呼び出してしまうなんて。
後悔にきゅっと唇を噛んだ。咎めるように父の手が顎をすくい上げる。
「後悔は必要だが、もしブエノ子爵家にお前が出向くと言ったら……俺は全力で止めた。アリーチェ、自分を憐れむように嘆くのはやめろ。これは必要だったのだ」
死を嘆くだけで無駄にするな、必要な出来事に変えていけ。そう告げる父の言葉に、非情さより悲しみを感じた。誰かが犠牲になるなら、愛娘でなくて良かった。こう考えるのが父親なのね。
リディアの死をただの不幸で終わらせる気はない。だから俯いている時間なんてないわ。深呼吸して気持ちを切り替える。傷になった唇をぺろりと舐めた。お行儀の悪い行為も気にならなかった。私は生きている、叱られることが出来る立場で生きているのよ。
「アルベルダ伯爵令嬢は、ドゥラン侯爵家が絡んでいると言ったわ」
「そうだろうな。お前宛に白い封筒が届いたはずだ」
「ええ。カミロに預けて返信してもらったはずよ」
私が直接ペンを取って返事を出したのは、今日のお茶会の二人だけ。残りは一般的な内容なので、すべて執事の代筆を頼んでいる。当然、ドゥラン侯爵家とトラーゴ伯爵家も同じだった。
「封筒が変色したのを知っているか?」
「……いいえ」
封筒が変色? 首を傾げた私をリビングのソファへ誘導する父と並んで座る。最近慣れたというか、理解した。お父様は私を甘やかしたいらしい。執事カミロに「どうやって過ごせば娘と距離が縮まるのか」やら「一般的な父親は娘と並んで座っていると聞くが」やら、奇妙な質問をしたんですって。
結婚していても息子しかいないカミロが、娘のいる侍女や出入り業者に質問する姿をサーラが目撃して教えてくれた。並んで座ってくれる娘は、世間一般では少ないと思うけれど。嫌ではないので断らない。心配されたり、愛されたりしていると感じるから。
「実は、ドゥラン侯爵令嬢に返信しようとしたカミロが、封筒の糊部分が黒ずんでいるのを確認した。……ああ、その……言いづらいが……毒の可能性が高いのでな。すぐ専門家に調査を依頼したのだ。その結果は、遅効性の神経毒らしい」
遅効性なのは、自分達に疑いを向けないため。なぜ神経毒なのか。
「この程度の微量では、口に入っても麻痺が出たり記憶が混濁したりする程度だと聞いた。つまり、お前への脅しだ」
毒と聞けば怖がると思い黙っていた。そう付け足した父は、私の手をそっと膝の上で包んだ。心配なのだと、大柄な体を丸めて眉尻を下げる。
大丈夫よ、衝撃はないわ。あの紅茶のように、直接危害を加えられていないせいね。顔を上げて口角を持ち上げた。
「お父様はこのまま黙っているおつもり?」
報復を考えているのでしょう。そう尋ねる響きに、お父様の表情が目に見えて明るくなった。
「報復は絶対だが、他の材料も集めなければならん」
アルベルダ伯爵令嬢から、何を聞き出せるか。それ次第で王家は潰える。先に手を出したのがあちらなら、それも仕方ないのでしょうね。
「アルベルダ伯爵家は貴族派に属している」
お父様の発言に驚きはなかった。伯爵令嬢イネスを我が家に送り出したアルベルダ家は、驚くほど多くの護衛をつけたらしい。我が家の門が見えた場所で護衛は足を止め、ご令嬢の馬車だけが敷地内に入った。それは敵対する意思はないが、何らかの不穏な情報を得ていたという意味だ。
おそらくブエノ子爵家は護衛の数を揃えられなかった。またはご両親がそこまでの危険を感じておらず、情報も得られなかったのだろう。
伯爵と子爵の間にある爵位は一段階だが、ここは財力や権力に大きな差が生じる。子爵家と男爵家に大した差はなく、伯爵家より上はひとつ上がるごとに目に見える格差があった。
「私が呼ばなければよかったのかしら」
お茶会に誘わず、私が出向いたなら。そう思ってしまう。フロレンティーノ公爵家の財力と、お父様の権力や情報収集能力なら、事前に察知して護衛を増やせた。一番危険な子を、わざわざ敵の手が届く位置に呼び出してしまうなんて。
後悔にきゅっと唇を噛んだ。咎めるように父の手が顎をすくい上げる。
「後悔は必要だが、もしブエノ子爵家にお前が出向くと言ったら……俺は全力で止めた。アリーチェ、自分を憐れむように嘆くのはやめろ。これは必要だったのだ」
死を嘆くだけで無駄にするな、必要な出来事に変えていけ。そう告げる父の言葉に、非情さより悲しみを感じた。誰かが犠牲になるなら、愛娘でなくて良かった。こう考えるのが父親なのね。
リディアの死をただの不幸で終わらせる気はない。だから俯いている時間なんてないわ。深呼吸して気持ちを切り替える。傷になった唇をぺろりと舐めた。お行儀の悪い行為も気にならなかった。私は生きている、叱られることが出来る立場で生きているのよ。
「アルベルダ伯爵令嬢は、ドゥラン侯爵家が絡んでいると言ったわ」
「そうだろうな。お前宛に白い封筒が届いたはずだ」
「ええ。カミロに預けて返信してもらったはずよ」
私が直接ペンを取って返事を出したのは、今日のお茶会の二人だけ。残りは一般的な内容なので、すべて執事の代筆を頼んでいる。当然、ドゥラン侯爵家とトラーゴ伯爵家も同じだった。
「封筒が変色したのを知っているか?」
「……いいえ」
封筒が変色? 首を傾げた私をリビングのソファへ誘導する父と並んで座る。最近慣れたというか、理解した。お父様は私を甘やかしたいらしい。執事カミロに「どうやって過ごせば娘と距離が縮まるのか」やら「一般的な父親は娘と並んで座っていると聞くが」やら、奇妙な質問をしたんですって。
結婚していても息子しかいないカミロが、娘のいる侍女や出入り業者に質問する姿をサーラが目撃して教えてくれた。並んで座ってくれる娘は、世間一般では少ないと思うけれど。嫌ではないので断らない。心配されたり、愛されたりしていると感じるから。
「実は、ドゥラン侯爵令嬢に返信しようとしたカミロが、封筒の糊部分が黒ずんでいるのを確認した。……ああ、その……言いづらいが……毒の可能性が高いのでな。すぐ専門家に調査を依頼したのだ。その結果は、遅効性の神経毒らしい」
遅効性なのは、自分達に疑いを向けないため。なぜ神経毒なのか。
「この程度の微量では、口に入っても麻痺が出たり記憶が混濁したりする程度だと聞いた。つまり、お前への脅しだ」
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大丈夫よ、衝撃はないわ。あの紅茶のように、直接危害を加えられていないせいね。顔を上げて口角を持ち上げた。
「お父様はこのまま黙っているおつもり?」
報復を考えているのでしょう。そう尋ねる響きに、お父様の表情が目に見えて明るくなった。
「報復は絶対だが、他の材料も集めなければならん」
アルベルダ伯爵令嬢から、何を聞き出せるか。それ次第で王家は潰える。先に手を出したのがあちらなら、それも仕方ないのでしょうね。
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