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20.愚王の振る舞いから始まった亀裂
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夕食の前に大急ぎで着替えを済ませた。手の込んだレースとフリルをふんだんに使用したワンピースを選ぶ。出掛けるわけではないので、コルセットは着けなかった。デザートまで美味しくいただき、食堂から移動する。
広めのリビングで、勧められるままソファに腰掛けた。お父様は向かいではなく並んで座る。侍女達も外へ出してしまい、二人きりなのに妙な位置だった。話をするなら向かい合った方がいいのでは? 提案する前に父が口を開いた。
「……カロリーナ殿のことだが」
顔を正面に向け、お父様は私を見ない。ここで理解した。顔を見て話せるようなお話ではないのかもしれない。王家の裏事情なのか、それ以上に複雑な問題の可能性もあった。私は右手の上に左手を重ね、その指先をじっと見つめる。サーラが丁寧に整えた爪は、淡いピンク色に染まっていた。
「彼女は隣国の公爵家出身だ。本来はアリッシアが王妃になるはずだった」
「……え?」
驚きで声が漏れた。黙って聞こうと思った決意が崩れ、いろいろ尋ねたくなる。だが我慢して呑み込んだ。さきに問い詰めたら、きっと何も言えなくなってしまう。ぐっと指先に力が入る。
「アリッシアは隣国ロベルディの第三王女だ。姉君が婿を取って王位を継ぎ、二番目の姉君は国内で結婚なさった。フェリノス国へ嫁ぐのは、第三王女であるアリッシアの予定だったが……」
父の声に耳を傾けながら、母の肖像画を思い浮かべた。波打つ金髪が見事な美しい方で、赤い瞳だった。あれは隣国の血筋なのだ。だから父とは色が違う。この国の国王と王太子は黒髪で、王妃様の金髪は目立っていた。おそらく金髪はロベルディの王侯貴族に多い色なのだわ。
私の予測を裏付けるようにお父様の話は続いた。
「アリッシアの肖像を見たか?」
「はい。美しい方だと思いました」
「ああ、とても美しくて優しい女性だ。だが……オレガリオは面と向かって、アリッシアの赤い瞳を不吉だと言った。まだ王太子だったが、友好国との関係を壊しかねない暴言だ」
その場に居合わせたのだろう。父は握った拳を震わせた。思い出した怒りに支配された後、ゆっくりと深呼吸して無理やり口角を持ち上げる。それは愚かな国王を嘲笑うようであり、止められなかった過去の自分を笑うようにも見えた。
「アリッシアは泣き崩れてしまい、婚約は消えた。だがこのままには出来ないと、私がその場でアリッシアに婚約を申し入れたんだ。側近である私が惚れたため、オレガリオが嫌われるよう仕向けて辞退した。表面上をそう取り繕った。義父上様は見抜いたうえで、その戯言を受け入れてくださったよ」
父のいう義父はロベルディ国王陛下だろう。自国の王を名で呼び捨てるのに、隣国の先代国王陛下に対しては敬語を使う。そこにお父様の本音が透けていた。尊敬に値しない主君ならば見限る権利がある、と。
「同じ青い瞳を持つ公爵令嬢カロリナ殿が、代わりにオレガリオに嫁いだ」
名前の響きが違うことに首を傾げる私に気づき、父は険しい顔をする。ここにも何か愚行があったのかしら。
「ロベルディの呼び方が気に入らない。フェリノス風に直せ――嫁いだばかりのカロリナ殿に、愚かなオレガリオが初夜に言い放ったらしい。それ以降、カロリーナと名乗っている。なんともお気の毒な事だ」
後から聞いたのだと悔やむ響きを滲ませる父は、そんな愚かな国王でも友人であり側近として支えてきた。崩れそうな隣国との外交を維持し、国内の反発する勢力を押さえながら。その努力を裏切ったのね。私を王太子妃にすることで、隣国との関係を修復する目論見もあったんじゃないかしら。
「なぜ、そんな男が王になれたのですか」
口をついた言葉は取り返しがつかない。父は悲しそうな顔で目を伏せた。
広めのリビングで、勧められるままソファに腰掛けた。お父様は向かいではなく並んで座る。侍女達も外へ出してしまい、二人きりなのに妙な位置だった。話をするなら向かい合った方がいいのでは? 提案する前に父が口を開いた。
「……カロリーナ殿のことだが」
顔を正面に向け、お父様は私を見ない。ここで理解した。顔を見て話せるようなお話ではないのかもしれない。王家の裏事情なのか、それ以上に複雑な問題の可能性もあった。私は右手の上に左手を重ね、その指先をじっと見つめる。サーラが丁寧に整えた爪は、淡いピンク色に染まっていた。
「彼女は隣国の公爵家出身だ。本来はアリッシアが王妃になるはずだった」
「……え?」
驚きで声が漏れた。黙って聞こうと思った決意が崩れ、いろいろ尋ねたくなる。だが我慢して呑み込んだ。さきに問い詰めたら、きっと何も言えなくなってしまう。ぐっと指先に力が入る。
「アリッシアは隣国ロベルディの第三王女だ。姉君が婿を取って王位を継ぎ、二番目の姉君は国内で結婚なさった。フェリノス国へ嫁ぐのは、第三王女であるアリッシアの予定だったが……」
父の声に耳を傾けながら、母の肖像画を思い浮かべた。波打つ金髪が見事な美しい方で、赤い瞳だった。あれは隣国の血筋なのだ。だから父とは色が違う。この国の国王と王太子は黒髪で、王妃様の金髪は目立っていた。おそらく金髪はロベルディの王侯貴族に多い色なのだわ。
私の予測を裏付けるようにお父様の話は続いた。
「アリッシアの肖像を見たか?」
「はい。美しい方だと思いました」
「ああ、とても美しくて優しい女性だ。だが……オレガリオは面と向かって、アリッシアの赤い瞳を不吉だと言った。まだ王太子だったが、友好国との関係を壊しかねない暴言だ」
その場に居合わせたのだろう。父は握った拳を震わせた。思い出した怒りに支配された後、ゆっくりと深呼吸して無理やり口角を持ち上げる。それは愚かな国王を嘲笑うようであり、止められなかった過去の自分を笑うようにも見えた。
「アリッシアは泣き崩れてしまい、婚約は消えた。だがこのままには出来ないと、私がその場でアリッシアに婚約を申し入れたんだ。側近である私が惚れたため、オレガリオが嫌われるよう仕向けて辞退した。表面上をそう取り繕った。義父上様は見抜いたうえで、その戯言を受け入れてくださったよ」
父のいう義父はロベルディ国王陛下だろう。自国の王を名で呼び捨てるのに、隣国の先代国王陛下に対しては敬語を使う。そこにお父様の本音が透けていた。尊敬に値しない主君ならば見限る権利がある、と。
「同じ青い瞳を持つ公爵令嬢カロリナ殿が、代わりにオレガリオに嫁いだ」
名前の響きが違うことに首を傾げる私に気づき、父は険しい顔をする。ここにも何か愚行があったのかしら。
「ロベルディの呼び方が気に入らない。フェリノス風に直せ――嫁いだばかりのカロリナ殿に、愚かなオレガリオが初夜に言い放ったらしい。それ以降、カロリーナと名乗っている。なんともお気の毒な事だ」
後から聞いたのだと悔やむ響きを滲ませる父は、そんな愚かな国王でも友人であり側近として支えてきた。崩れそうな隣国との外交を維持し、国内の反発する勢力を押さえながら。その努力を裏切ったのね。私を王太子妃にすることで、隣国との関係を修復する目論見もあったんじゃないかしら。
「なぜ、そんな男が王になれたのですか」
口をついた言葉は取り返しがつかない。父は悲しそうな顔で目を伏せた。
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