【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)

文字の大きさ
上 下
20 / 137

20.愚王の振る舞いから始まった亀裂

しおりを挟む
 夕食の前に大急ぎで着替えを済ませた。手の込んだレースとフリルをふんだんに使用したワンピースを選ぶ。出掛けるわけではないので、コルセットは着けなかった。デザートまで美味しくいただき、食堂から移動する。

 広めのリビングで、勧められるままソファに腰掛けた。お父様は向かいではなく並んで座る。侍女達も外へ出してしまい、二人きりなのに妙な位置だった。話をするなら向かい合った方がいいのでは? 提案する前に父が口を開いた。

「……カロリーナ殿のことだが」

 顔を正面に向け、お父様は私を見ない。ここで理解した。顔を見て話せるようなお話ではないのかもしれない。王家の裏事情なのか、それ以上に複雑な問題の可能性もあった。私は右手の上に左手を重ね、その指先をじっと見つめる。サーラが丁寧に整えた爪は、淡いピンク色に染まっていた。

「彼女は隣国の公爵家出身だ。本来はアリッシアが王妃になるはずだった」

「……え?」

 驚きで声が漏れた。黙って聞こうと思った決意が崩れ、いろいろ尋ねたくなる。だが我慢して呑み込んだ。さきに問い詰めたら、きっと何も言えなくなってしまう。ぐっと指先に力が入る。

「アリッシアは隣国ロベルディの第三王女だ。姉君が婿を取って王位を継ぎ、二番目の姉君は国内で結婚なさった。フェリノス国へ嫁ぐのは、第三王女であるアリッシアの予定だったが……」

 父の声に耳を傾けながら、母の肖像画を思い浮かべた。波打つ金髪が見事な美しい方で、赤い瞳だった。あれは隣国の血筋なのだ。だから父とは色が違う。この国の国王と王太子は黒髪で、王妃様の金髪は目立っていた。おそらく金髪はロベルディの王侯貴族に多い色なのだわ。

 私の予測を裏付けるようにお父様の話は続いた。

「アリッシアの肖像を見たか?」

「はい。美しい方だと思いました」

「ああ、とても美しくて優しい女性だ。だが……オレガリオは面と向かって、アリッシアの赤い瞳を不吉だと言った。まだ王太子だったが、友好国との関係を壊しかねない暴言だ」

 その場に居合わせたのだろう。父は握った拳を震わせた。思い出した怒りに支配された後、ゆっくりと深呼吸して無理やり口角を持ち上げる。それは愚かな国王を嘲笑うようであり、止められなかった過去の自分を笑うようにも見えた。

「アリッシアは泣き崩れてしまい、婚約は消えた。だがこのままには出来ないと、私がその場でアリッシアに婚約を申し入れたんだ。側近である私が惚れたため、オレガリオが嫌われるよう仕向けて辞退した。表面上をそう取り繕った。義父上様は見抜いたうえで、その戯言を受け入れてくださったよ」

 父のいう義父はロベルディ国王陛下だろう。自国の王を名で呼び捨てるのに、隣国の先代国王陛下に対しては敬語を使う。そこにお父様の本音が透けていた。尊敬に値しない主君ならば見限る権利がある、と。

「同じ青い瞳を持つ公爵令嬢殿が、代わりにオレガリオに嫁いだ」

 名前の響きが違うことに首を傾げる私に気づき、父は険しい顔をする。ここにも何か愚行があったのかしら。

「ロベルディの呼び方が気に入らない。フェリノス風に直せ――嫁いだばかりのカロリナ殿に、愚かなオレガリオが初夜に言い放ったらしい。それ以降、カロリーナと名乗っている。なんともお気の毒な事だ」

 後から聞いたのだと悔やむ響きを滲ませる父は、そんな愚かな国王でも友人であり側近として支えてきた。崩れそうな隣国との外交を維持し、国内の反発する勢力を押さえながら。その努力を裏切ったのね。私を王太子妃にすることで、隣国との関係を修復する目論見もあったんじゃないかしら。

「なぜ、そんな男が王になれたのですか」

 口をついた言葉は取り返しがつかない。父は悲しそうな顔で目を伏せた。
しおりを挟む
感想 404

あなたにおすすめの小説

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

余命3ヶ月を言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。 特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。 ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。 毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。 診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。 もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。 一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは… ※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いいたします。 他サイトでも同時投稿中です。

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。

千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。 だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。 いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……? と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。

【完結】 悪役令嬢が死ぬまでにしたい10のこと

淡麗 マナ
恋愛
2022/04/07 小説ホットランキング女性向け1位に入ることができました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。 第3回 一二三書房WEB小説大賞の最終選考作品です。(5,668作品のなかで45作品) ※コメント欄でネタバレしています。私のミスです。ネタバレしたくない方は読み終わったあとにコメントをご覧ください。 原因不明の病により、余命3ヶ月と診断された公爵令嬢のフェイト・アシュフォード。 よりによって今日は、王太子殿下とフェイトの婚約が発表されるパーティの日。 王太子殿下のことを考えれば、わたくしは身を引いたほうが良い。 どうやって婚約をお断りしようかと考えていると、王太子殿下の横には容姿端麗の女性が。逆に婚約破棄されて傷心するフェイト。 家に帰り、一冊の本をとりだす。それはフェイトが敬愛する、悪役令嬢とよばれた公爵令嬢ヴァイオレットが活躍する物語。そのなかに、【死ぬまでにしたい10のこと】を決める描写があり、フェイトはそれを真似してリストを作り、生きる指針とする。 1.余命のことは絶対にだれにも知られないこと。 2.悪役令嬢ヴァイオレットになりきる。あえて人から嫌われることで、自分が死んだ時の悲しみを減らす。(これは実行できなくて、後で変更することになる) 3.必ず病気の原因を突き止め、治療法を見つけだし、他の人が病気にならないようにする。 4.ノブレス・オブリージュ 公爵令嬢としての責務をいつもどおり果たす。 5.お父様と弟の問題を解決する。 それと、目に入れても痛くない、白蛇のイタムの新しい飼い主を探さねばなりませんし、恋……というものもしてみたいし、矛盾していますけれど、友達も欲しい。etc. リストに従い、持ち前の執務能力、するどい観察眼を持って、人々の問題や悩みを解決していくフェイト。 ただし、悪役令嬢の振りをして、人から嫌われることは上手くいかない。逆に好かれてしまう! では、リストを変更しよう。わたくしの身代わりを立て、遠くに嫁いでもらうのはどうでしょう? たとえ失敗しても10のリストを修正し、最善を尽くすフェイト。 これはフェイトが、余命3ヶ月で10のしたいことを実行する物語。皆を自らの死によって悲しませない為に足掻き、運命に立ち向かう、逆転劇。 【注意点】 恋愛要素は弱め。 設定はかなりゆるめに作っています。 1人か、2人、苛立つキャラクターが出てくると思いますが、爽快なざまぁはありません。 2章以降だいぶ殺伐として、不穏な感じになりますので、合わないと思ったら辞めることをお勧めします。

【完結】内緒で死ぬことにした〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を、なぜわたしは生まれ変わったの?〜  

たろ
恋愛
この話は 『内緒で死ぬことにした  〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜』 の続編です。 アイシャが亡くなった後、リサはルビラ王国の公爵の息子であるハイド・レオンバルドと結婚した。 そして、アイシャを産んだ。 父であるカイザも、リサとハイドも、アイシャが前世のそのままの姿で転生して、自分たちの娘として生まれてきたことを知っていた。 ただアイシャには昔の記憶がない。 だからそのことは触れず、新しいアイシャとして慈しみ愛情を与えて育ててきた。 アイシャが家族に似ていない、自分は一体誰の子供なのだろうと悩んでいることも知らない。 親戚にあたる王子や妹に、意地悪を言われていることも両親は気が付いていない。 アイシャの心は、少しずつ壊れていくことに…… 明るく振る舞っているとは知らずに可愛いアイシャを心から愛している両親と祖父。 アイシャを助け出して心を救ってくれるのは誰? ◆ ◆ ◆ 今回もまた辛く悲しい話しが出てきます。 無理!またなんで! と思われるかもしれませんが、アイシャは必ず幸せになります。 もし読んでもいいなと思う方のみ、読んで頂けたら嬉しいです。 多分かなりイライラします。 すみません、よろしくお願いします ★内緒で死ぬことにした の最終話 キリアン君15歳から14歳 アイシャ11歳から10歳 に変更しました。 申し訳ありません。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

処理中です...