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18.外せない夜会の意味
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「お二人とも、頭をお上げください」
私は顔を上げるよう頼んだが、彼女達は動かない。本音をぶちまけたい衝動に駆られた。簡単に謝って許されようとする。人の心理としては分かりやすい。許されてしまえば、己の気持ちが楽になるから。それは加害者が望む逃げだった。被害者である私に気持ちは届かない。
本当に悪いと思うなら、謝罪より加害者の排除に動いてほしい。以前の人間関係がリセットされた私だから、余計にそう思った。この人達はなんて身勝手なのかしら、と。
「王妃殿下、王女殿下。私には毒を飲まされる以前の記憶がございません。謝られても許すことが出来ませんの。だって覚えてないんですもの」
腹が立った。机の下、見えない位置でぎゅっと左手首を握る。右手の痕がつくかもしれない。そのくらい強く力が入った。表面上は穏やかな淑女の笑みを湛えて、私は二人に「卑怯だ」と突きつける。これが貴族の会話であり、外交手段なのだから。
正面きって「卑怯よ、最低だわ」と責めることが出来ない立場の人間に、上位から謝って終わりにしようとするだなんて。彼女らにそう現実を突きつけた。
「っ、悪かったわ。許さなくていいの」
王妃殿下はすぐに顔を上げて、きゅっと唇を引き結んだ。隣の王女殿下は迷って、俯いたまま頭だけ上げる。申し訳なさで顔を上げられない、そんな気持ちが伝わってきた。ここで「いいですよ」と許せるほど、単純な事件ならよかったのに。
「以前は王妃様と呼んでくれたのだけれど、望んでもいいかしら」
殿下では距離がある。娘になると思って親しく接してきた私に、迷いながら頼む言葉に頷いた。このくらいの譲歩なら構わない。同じように王女殿下もパストラの名前で呼んでほしいと希望が出された。こちらも同意する。
「オレガリオは息子に甘いようだな」
お父様の口調が砕けた。王族に対するには不敬な口調なのに、王妃様は当然のように受ける。この話し方が普通なの? 公爵家は王家の血を引いていることが多いけれど、近しい親族なのかしら。そんな情報は貴族名鑑になかった。
国王陛下はオレガリオ・ド・フェリノス。呼び捨てにした父に、王妃様は人けがないのを確かめて、口を開いた。
「あの人は愚かにもフリアンを許そうとしました。手紙でお知らせした通り、私とパストラはフロレンティーノ公爵を支持します」
手にしたハンカチで口元を押さえ、私は動揺を隠そうとした。父の手が肩に触れ、引き寄せられる。見上げた先で、お父様の表情が和らいだ。険しい眉間の皺が消え、穏やかに説明を始める。
「先日、お前を連れて行かなかった夜会があっただろう。あれは反国王派が集まったのだ。記憶のないアリーチェを連れて行けば、旗頭にされてしまうのでな。悪いが屋敷に残ってもらった。今回のお茶会の誘いとは別に、カロリーナ殿から手紙が届いたのだ。反国王派に合流したいと」
王妃様は表立って夜会に参加していない。だが反国王派についた。国王オレガリオに愛想を尽かした王妃と王女を受け入れた。それによって、愚か者を粛清する形が整う。
公爵家の面目を潰し、婚約という重要な契約を破棄し、無実の令嬢を冤罪で殺そうとした。愚かな王太子も、彼を庇った国王も、貴族にとっては敵だった。これがまかり通るなら、貴族の血統は乱れて存在価値がなくなる。貴族社会の崩壊を意味した。国母である王妃様はそれを認めないと宣言したも同然だ。
「でも……お兄様は……」
敵かも知れないのに。そんな重要な夜会に参加させて、もし情報が洩れたら? 口に出しかけて、父の体面を慮って噤む。にやりと笑ったお父様は、平然と言い切った。
「あれは構わん、泳がせておけ」
囮、なのですか? 驚きの展開に、私は絶句した。
私は顔を上げるよう頼んだが、彼女達は動かない。本音をぶちまけたい衝動に駆られた。簡単に謝って許されようとする。人の心理としては分かりやすい。許されてしまえば、己の気持ちが楽になるから。それは加害者が望む逃げだった。被害者である私に気持ちは届かない。
本当に悪いと思うなら、謝罪より加害者の排除に動いてほしい。以前の人間関係がリセットされた私だから、余計にそう思った。この人達はなんて身勝手なのかしら、と。
「王妃殿下、王女殿下。私には毒を飲まされる以前の記憶がございません。謝られても許すことが出来ませんの。だって覚えてないんですもの」
腹が立った。机の下、見えない位置でぎゅっと左手首を握る。右手の痕がつくかもしれない。そのくらい強く力が入った。表面上は穏やかな淑女の笑みを湛えて、私は二人に「卑怯だ」と突きつける。これが貴族の会話であり、外交手段なのだから。
正面きって「卑怯よ、最低だわ」と責めることが出来ない立場の人間に、上位から謝って終わりにしようとするだなんて。彼女らにそう現実を突きつけた。
「っ、悪かったわ。許さなくていいの」
王妃殿下はすぐに顔を上げて、きゅっと唇を引き結んだ。隣の王女殿下は迷って、俯いたまま頭だけ上げる。申し訳なさで顔を上げられない、そんな気持ちが伝わってきた。ここで「いいですよ」と許せるほど、単純な事件ならよかったのに。
「以前は王妃様と呼んでくれたのだけれど、望んでもいいかしら」
殿下では距離がある。娘になると思って親しく接してきた私に、迷いながら頼む言葉に頷いた。このくらいの譲歩なら構わない。同じように王女殿下もパストラの名前で呼んでほしいと希望が出された。こちらも同意する。
「オレガリオは息子に甘いようだな」
お父様の口調が砕けた。王族に対するには不敬な口調なのに、王妃様は当然のように受ける。この話し方が普通なの? 公爵家は王家の血を引いていることが多いけれど、近しい親族なのかしら。そんな情報は貴族名鑑になかった。
国王陛下はオレガリオ・ド・フェリノス。呼び捨てにした父に、王妃様は人けがないのを確かめて、口を開いた。
「あの人は愚かにもフリアンを許そうとしました。手紙でお知らせした通り、私とパストラはフロレンティーノ公爵を支持します」
手にしたハンカチで口元を押さえ、私は動揺を隠そうとした。父の手が肩に触れ、引き寄せられる。見上げた先で、お父様の表情が和らいだ。険しい眉間の皺が消え、穏やかに説明を始める。
「先日、お前を連れて行かなかった夜会があっただろう。あれは反国王派が集まったのだ。記憶のないアリーチェを連れて行けば、旗頭にされてしまうのでな。悪いが屋敷に残ってもらった。今回のお茶会の誘いとは別に、カロリーナ殿から手紙が届いたのだ。反国王派に合流したいと」
王妃様は表立って夜会に参加していない。だが反国王派についた。国王オレガリオに愛想を尽かした王妃と王女を受け入れた。それによって、愚か者を粛清する形が整う。
公爵家の面目を潰し、婚約という重要な契約を破棄し、無実の令嬢を冤罪で殺そうとした。愚かな王太子も、彼を庇った国王も、貴族にとっては敵だった。これがまかり通るなら、貴族の血統は乱れて存在価値がなくなる。貴族社会の崩壊を意味した。国母である王妃様はそれを認めないと宣言したも同然だ。
「でも……お兄様は……」
敵かも知れないのに。そんな重要な夜会に参加させて、もし情報が洩れたら? 口に出しかけて、父の体面を慮って噤む。にやりと笑ったお父様は、平然と言い切った。
「あれは構わん、泳がせておけ」
囮、なのですか? 驚きの展開に、私は絶句した。
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