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05.思い出したいと願うきっかけ

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 あれから毎日夕食に家族が集まるようになった。少しずつ情報を集めていく。母親が亡くなった時期は私が赤子だった頃で、兄は貴族が通う学院で首席の優等生であること。父は武芸に秀でており、騎士団長とよく手合わせをすること。この国の王族の話は、なぜか答えが誤魔化された。

 公爵家は王家の血を引いているはずなのに? 主君である王家の話をしないことと、私の記憶喪失に因果関係がありそう。そこまで記して、ペンを置いた。数ページ捲って、以前書いた情報を確かめる。頭に叩き込んでおきたかった。

 紅茶のカップを口元へ運んだ私が拒否反応を示したのは、カップの色形ではなかった。サーラの話では、以前は紅茶を毎日口にしていたらしい。特に嫌う理由はない。茶葉の種類も貴族なら一般的なもので、公爵家では普段から出されていた。

 香りも味も親しんだ紅茶に怯えたなら、毒殺未遂でも経験したのかしら。それなら記憶障害が出てもおかしくないし、痩せ細るほど長い時間眠り続けた理由も納得できる。こういった教養や日常動作の記憶は残っているのに、個人的な記憶は消えていた。

 私は名前や周囲の状況、家族、目覚めるまでの何もかもを覚えていない。医学関係の本を借りて読んだが、記憶喪失で間違いなさそうだった。体が覚えたマナーやダンスは覚えているし、刺繍や文字も覚えている。忘れたのは個人的な部分だけ。

 ならば忘れたい理由があったのか。外的な要因で忘れるほどの衝撃が与えられたか。公爵令嬢の地位を考えると、私に危害を加えられる可能性が高いのは王族でしょう。そして、父と兄は王族の話を避けた。方程式を書くようにここまで解いて、私は溜め息を吐く。

 一番いやな方向へ進んでいる気がした。これは理由が分かっても、復讐や報復が出来そうにない。それに記憶が戻らない方が、家族にとって都合のいい可能性も出てきた。

「サーラ、私……思い出さない方がいいのかしら」

 ぽつりと零れた言葉に、彼女は目を見開いた。用意した薄緑の水色すいしょくのハーブティを差し出し、迷いながら視線を伏せる。

「旦那様やご子息様はどうお考えか分かりませんが、私は思い出していただけたら……と思います。自信に満ちたお嬢様が好きですから」

 好きでした、そう過去形にされなかったことに目の奥がツンとする。彼女は今も昔の私を好きでいる、そう思えた。だから愚痴のように洩らした言葉に、真剣に返してもらった事実に感動している。

「ありがとう」

 声は震えなかったかしら。涙声になっていない? 心配だけど、それ以上に嬉しくて。きゅっと唇を噛んだ。白磁に青い小花の描かれたカップに口を付け、ハーブティを飲む。恐怖も震えもなかった。紅茶がダメなのね。飲んだハーブティの美味しさも含め、日記に記載しましょう。

 ふと、気になった。サーラは父を「旦那様」兄を「ご子息様」と呼んだ。その流れだと私は「ご令嬢様」ではないの? 若様と呼ぶなら、お嬢様でもいいけれど。私だけ親しく感じる。見上げた視線の先で微笑むサーラを手招きし、向かいに座ってもらった。

 違和感がない。きっと何度か一緒にお茶を飲んだのかも……。

「お茶に付き合ってくれないかしら。サーラと一緒だと落ち着くの」

 私の我が侭だから、そう付け加えると彼女は柔らかく目を細める。懐かしむような所作に、早く彼女との思い出を取り戻したいと願った。
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