【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)

文字の大きさ
上 下
4 / 137

04.小さな手がかりを集め続ける

しおりを挟む
 食堂へ入ると、すぐに歩み寄った兄が手を差し出した。下から手のひらを上にして、何も持っていないと示す所作だ。確認して、そっと手をのせた。

 今は一つ一つ確認している最中だ。何でも資料になる。下から差し出される手に恐怖心はない。安心しながら席に着いた。執事らしき制服の男性が椅子を引き、静かに腰を下ろす。これも平気だわ。

「お待たせいたしました」

 すでに席についた父と、エスコートした兄に声をかける。問題ないと頷く父は、感極まった様子で目元を隠した。兄も眉尻を下げて、泣き出しそうな表情を浮かべる。

「運んでくれ」

 合図を出した当主である父の言葉から、晩餐は始まった。スープ、サラダ、魚料理、口直しの一品に肉料理。パンも含め、違和感はない。つまりこのレベルの食事が、日常だったのだろう。作法は忘れていないようで、カトラリーも普通に扱えた。

「リチェ、不自由はないか?」

「はい、お父様」

「食べたいものや欲しいものがあったら、すぐに用意するから」

「ありがとうございます。お兄様」

 そこで気づいた。私、彼らの名を知らない。本当に家族なのかしら。なくした記憶より先に、確認した方がいい。

 ごくりと喉を鳴らし、目の前に用意されたお茶に口をつけた。いえ、口に運んだ途端……手がかたかたと震える。押さえが利かなくて、溢れそうになったところで、後ろから助けが入った。

「お嬢様、失礼致します」

 サーラだ。彼女の手が私の手首を支え、紅茶のカップを優しく取り上げた。ソーサーへ戻して一礼する。

「……ありがとう、サーラ」

 お茶はいい香りだったし、見た目に異常はなかった。水色すいしょくも混入したらしき虫もない。なのに、ひどく恐ろしく感じた。

「っ、やっぱり!」

「黙れ! カリスト、思い出させる気か」

 何か心当たりがある兄と、それを止める父。どうやら私に記憶を取り戻してほしくなさそうね。この二人は敵ではないけれど、味方でもない。他の使用人と同じ位置付けだった。

「お父様」

「なんだ?」

「我が家の家名やお父様達のお名前を教えていたけますか? 何も知らなくて、怖いのです」

 同情を誘うように俯いて、小声で願い出た。このくらいならば叶えられるだろう。そう踏んだ私の思惑通り、お茶を遠ざけた父は口を開いた。

「ここはフェリノス国で、お前はフロレンティーノ公爵家の娘だ。父である私はマウリシオ、これは息子のカリスト。お前の兄にあたる」

「ありがとうございます」

 先ほどの紅茶の動揺はなかったように振る舞った。公爵家ならば思ったより地位は高い。豪華な晩餐も、大きな屋敷も理由がつく。

 まだテーブルに置かれたままの紅茶を見つめた。この時点で恐怖はないのに、何が怖かったの? 飲むこと、紅茶の種類、またはカップの色……分からないので色や模様を記憶して、日記に描こうと決めた。

 どんな小さな手がかりでも、いずれは真実に辿り着く鍵となるでしょう。
しおりを挟む
感想 404

あなたにおすすめの小説

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

ご自慢の聖女がいるのだから、私は失礼しますわ

ネコ
恋愛
伯爵令嬢ユリアは、幼い頃から第二王子アレクサンドルの婚約者。だが、留学から戻ってきたアレクサンドルは「聖女が僕の真実の花嫁だ」と堂々宣言。周囲は“奇跡の力を持つ聖女”と王子の恋を応援し、ユリアを貶める噂まで広まった。婚約者の座を奪われるより先に、ユリアは自分から破棄を申し出る。「お好きにどうぞ。もう私には関係ありません」そう言った途端、王宮では聖女の力が何かとおかしな騒ぎを起こし始めるのだった。

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

【完結】不協和音を奏で続ける二人の関係

つくも茄子
ファンタジー
留学から戻られた王太子からの突然の婚約破棄宣言をされた公爵令嬢。王太子は婚約者の悪事を告発する始末。賄賂?不正?一体何のことなのか周囲も理解できずに途方にくれる。冤罪だと静かに諭す公爵令嬢と激昂する王太子。相反する二人の仲は実は出会った当初からのものだった。王弟を父に帝国皇女を母に持つ血統書付きの公爵令嬢と成り上がりの側妃を母に持つ王太子。貴族然とした計算高く浪費家の婚約者と嫌悪する王太子は公爵令嬢の価値を理解できなかった。それは八年前も今も同じ。二人は互いに理解できない。何故そうなってしまったのか。婚約が白紙となった時、どのような結末がまっているのかは誰にも分からない。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

処理中です...