94 / 117
本編
94.二度目の救いに感謝を
しおりを挟む
幸せが崩れる時はいつでも突然だ。音もなく近づいて、予告なく奪っていく。母が亡くなった時もそう、私と家族が引き離された時も……。首を刎ねられたあの日も、何か起きるとは思った。でも命まで奪われると想像しなかったのは、王太子妃の地位が高いから。
お父様やお兄様と疎遠であっても筆頭公爵家の令嬢で、王太子妃。王妃様も国王陛下も私を王家に望んでいた。それが便利な歯車としてであっても、私は望まれた。婚約破棄を突きつけられた時、悲しくも悔しくもなくて。私は婚約者を愛していなかった。王太子アンドリュー殿下に嫁がず済むことに安堵もない。
見回すまでもなく味方はいない。お父様も国王夫妻も……ならば、逆らっても暴れても痛い思いをするだけ。首を刎ねると分かった時さえ、これで楽になれると感じた。お母様は、こんな私をお迎えに来てくださるでしょうか。見上げた空は星が瞬く。俯かされ、髪が散らばった。
お父様、お兄様と同じ金髪。私は今でもあなた方の家族ですか? そう尋ねることが出来ていたら、何か違っていたかも知れないわ。悔いの多い人生でした。次があれば、私は自由を望む。誰かに支配されず、好きな人達に囲まれて、好きなことをするの。友達も欲しいし、芝生で寝転がりたい。犬か猫も飼ってみたいわね。
飛び起きて、早くなった呼吸を整える。思い出したわ。私も女神様にお会いしていた。お母様に似た優しい眼差しで、悲しそうなお顔だった。短く切られた髪を撫でて、やり直しなさいとお言葉をくださったの。
――女神様、今の私は幸せです。夢はほとんど叶って、芝生で友達のアリスと寝転がったわ。知らなかった。芝生は柔らかいと思ってたのに、チクチクするの。友人を作るのは、とてもドキドキした。断られるのが怖くて、でも諦められなかった。こんなに心が動く経験は、前回はなかったから。
感謝いたします。落ち着いた呼吸を深呼吸に変えて、瞑想するように目を閉じた。自然と手は胸の前で祈りの形を取る。あなたの御許に召される時は、胸を張って帰れますように。
窓の外は夜明け前の青紫に染まる。カーテンの隙間から入った光に誘われ、ベッドを降りた。絨毯の上を素足で歩くなんて、淑女らしくないわ。それが嬉しかった。完璧な人形姫はもういない。
伸ばした手が触れたカーテンを思い切って開いた。暗さに慣れた目に沁みて、一度閉じる。ゆっくりと開けて、外の景色を見渡した。丁寧に整えられた庭は、日差しを待つ花々が揺れる。鮮やかな赤、青、黄色……労るような緑の葉。どれひとつ欠けても同じ景色にならないのね。
「選ぶ必要はないのかも、しれないわ」
全部が揃うことで生まれる調和、それを守ることが私の新しい夢になる。叶えたら、女神様やお母様に胸を張って報告できるかしら。褒めてくださる未来のために頑張るのも、私の自由よね。
不思議と気持ちがすっきりしている。一度は命を、二度目は心を救った女神様に心からの感謝を。テラスの扉も開いて風を招き入れる。結んでいない金髪が風に遊ばれ、ふわりと背に落ち着いた。
もう迷いはない――私は自由を手にするでしょう。それが人々の幸せに繋がると信じて。
お父様やお兄様と疎遠であっても筆頭公爵家の令嬢で、王太子妃。王妃様も国王陛下も私を王家に望んでいた。それが便利な歯車としてであっても、私は望まれた。婚約破棄を突きつけられた時、悲しくも悔しくもなくて。私は婚約者を愛していなかった。王太子アンドリュー殿下に嫁がず済むことに安堵もない。
見回すまでもなく味方はいない。お父様も国王夫妻も……ならば、逆らっても暴れても痛い思いをするだけ。首を刎ねると分かった時さえ、これで楽になれると感じた。お母様は、こんな私をお迎えに来てくださるでしょうか。見上げた空は星が瞬く。俯かされ、髪が散らばった。
お父様、お兄様と同じ金髪。私は今でもあなた方の家族ですか? そう尋ねることが出来ていたら、何か違っていたかも知れないわ。悔いの多い人生でした。次があれば、私は自由を望む。誰かに支配されず、好きな人達に囲まれて、好きなことをするの。友達も欲しいし、芝生で寝転がりたい。犬か猫も飼ってみたいわね。
飛び起きて、早くなった呼吸を整える。思い出したわ。私も女神様にお会いしていた。お母様に似た優しい眼差しで、悲しそうなお顔だった。短く切られた髪を撫でて、やり直しなさいとお言葉をくださったの。
――女神様、今の私は幸せです。夢はほとんど叶って、芝生で友達のアリスと寝転がったわ。知らなかった。芝生は柔らかいと思ってたのに、チクチクするの。友人を作るのは、とてもドキドキした。断られるのが怖くて、でも諦められなかった。こんなに心が動く経験は、前回はなかったから。
感謝いたします。落ち着いた呼吸を深呼吸に変えて、瞑想するように目を閉じた。自然と手は胸の前で祈りの形を取る。あなたの御許に召される時は、胸を張って帰れますように。
窓の外は夜明け前の青紫に染まる。カーテンの隙間から入った光に誘われ、ベッドを降りた。絨毯の上を素足で歩くなんて、淑女らしくないわ。それが嬉しかった。完璧な人形姫はもういない。
伸ばした手が触れたカーテンを思い切って開いた。暗さに慣れた目に沁みて、一度閉じる。ゆっくりと開けて、外の景色を見渡した。丁寧に整えられた庭は、日差しを待つ花々が揺れる。鮮やかな赤、青、黄色……労るような緑の葉。どれひとつ欠けても同じ景色にならないのね。
「選ぶ必要はないのかも、しれないわ」
全部が揃うことで生まれる調和、それを守ることが私の新しい夢になる。叶えたら、女神様やお母様に胸を張って報告できるかしら。褒めてくださる未来のために頑張るのも、私の自由よね。
不思議と気持ちがすっきりしている。一度は命を、二度目は心を救った女神様に心からの感謝を。テラスの扉も開いて風を招き入れる。結んでいない金髪が風に遊ばれ、ふわりと背に落ち着いた。
もう迷いはない――私は自由を手にするでしょう。それが人々の幸せに繋がると信じて。
55
お気に入りに追加
5,859
あなたにおすすめの小説
勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる
千環
恋愛
第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。
なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を庇おうとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。
【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。
138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」
お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。
賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。
誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。
そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。
諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」
婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。
婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過
2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過
2022/02/15 小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位
2022/02/12 完結
2021/11/30 小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位
2021/11/29 アルファポリス HOT2位
2021/12/03 カクヨム 恋愛(週間)6位
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!
――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。
「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」
すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。
最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2022/02/14 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2022/02/13 小説家になろう ハイファンタジー日間59位
※2022/02/12 完結
※2021/10/18 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2021/10/19 アルファポリス、HOT 4位
※2021/10/21 小説家になろう ハイファンタジー日間 17位
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる