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本編

94.二度目の救いに感謝を

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 幸せが崩れる時はいつでも突然だ。音もなく近づいて、予告なく奪っていく。母が亡くなった時もそう、私と家族が引き離された時も……。首を刎ねられたあの日も、何か起きるとは思った。でも命まで奪われると想像しなかったのは、王太子妃の地位が高いから。

 お父様やお兄様と疎遠であっても筆頭公爵家の令嬢で、王太子妃。王妃様も国王陛下も私を王家に望んでいた。それが便利な歯車としてであっても、私は望まれた。婚約破棄を突きつけられた時、悲しくも悔しくもなくて。私は婚約者を愛していなかった。王太子アンドリュー殿下に嫁がず済むことに安堵もない。

 見回すまでもなく味方はいない。お父様も国王夫妻も……ならば、逆らっても暴れても痛い思いをするだけ。首を刎ねると分かった時さえ、これで楽になれると感じた。お母様は、こんな私をお迎えに来てくださるでしょうか。見上げた空は星が瞬く。俯かされ、髪が散らばった。

 お父様、お兄様と同じ金髪。私は今でもあなた方の家族ですか? そう尋ねることが出来ていたら、何か違っていたかも知れないわ。悔いの多い人生でした。次があれば、私は自由を望む。誰かに支配されず、好きな人達に囲まれて、好きなことをするの。友達も欲しいし、芝生で寝転がりたい。犬か猫も飼ってみたいわね。



 飛び起きて、早くなった呼吸を整える。思い出したわ。私も女神様にお会いしていた。お母様に似た優しい眼差しで、悲しそうなお顔だった。短く切られた髪を撫でて、やり直しなさいとお言葉をくださったの。

 ――女神様、今の私は幸せです。夢はほとんど叶って、芝生で友達のアリスと寝転がったわ。知らなかった。芝生は柔らかいと思ってたのに、チクチクするの。友人を作るのは、とてもドキドキした。断られるのが怖くて、でも諦められなかった。こんなに心が動く経験は、前回はなかったから。

 感謝いたします。落ち着いた呼吸を深呼吸に変えて、瞑想するように目を閉じた。自然と手は胸の前で祈りの形を取る。あなたの御許に召される時は、胸を張って帰れますように。

 窓の外は夜明け前の青紫に染まる。カーテンの隙間から入った光に誘われ、ベッドを降りた。絨毯の上を素足で歩くなんて、淑女らしくないわ。それが嬉しかった。完璧な人形姫はもういない。

 伸ばした手が触れたカーテンを思い切って開いた。暗さに慣れた目に沁みて、一度閉じる。ゆっくりと開けて、外の景色を見渡した。丁寧に整えられた庭は、日差しを待つ花々が揺れる。鮮やかな赤、青、黄色……労るような緑の葉。どれひとつ欠けても同じ景色にならないのね。

「選ぶ必要はないのかも、しれないわ」

 全部が揃うことで生まれる調和、それを守ることが私の新しい夢になる。叶えたら、女神様やお母様に胸を張って報告できるかしら。褒めてくださる未来のために頑張るのも、私の自由よね。

 不思議と気持ちがすっきりしている。一度は命を、二度目は心を救った女神様に心からの感謝を。テラスの扉も開いて風を招き入れる。結んでいない金髪が風に遊ばれ、ふわりと背に落ち着いた。

 もう迷いはない――私は自由を手にするでしょう。それが人々の幸せに繋がると信じて。
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