93 / 117
本編
93.難しく考える必要などないの
しおりを挟む
皇太子という地位は、中途半端だ。次期皇帝だが、権力が確定していなかった。この場で確定は出来ない。だが情報をバルリング帝国へ齎してもいいか。判断に困る。眉を寄せて考え込んだカールハインツに、アルフレッドが淡々と言い放った。
「皇帝陛下に使者を出せばいい。情報源は俺だ」
ランジェサン王国第二王子が情報を漏らした。それならフォンテーヌに迷惑が掛からないだろ? そう言って笑うアルフレッドに、カールハインツは頭を下げた。
「感謝する」
「俺がお前に雑談で話してしまった。それを感謝されるのはおかしいだろ」
貸し借りで考えるな。そう突きつけるアルフレッドに、カールハインツは黙って頭を下げた。これ以上の感謝も礼も相応しくない。だが皇族が頭を下げる価値のある情報だった。
「バルリングがどう動くか、そこだけが懸念か」
クロードの呟きに、ジョゼフは「心配しておりません」と笑った。賢帝として名高い現皇帝陛下が、愚かな決断をするはずがない。言い切る形のジョゼフに、ほぼ全員が納得してしまった。政は駆け引きや謀略が渦巻く世界だ。だが本来は、この程度の話し合いで終わる至極簡単な仕組みなのかも知れない。
「アリス、お茶とお菓子をお願い」
クロードの膝の上からかかった声に、壁に控えていた侍女アリスは一礼して場を外した。廊下に用意した茶菓子をクリームで飾り付ける間に、別の侍女がお茶用のお湯を運ぶ。手早く準備を整え、ワゴンごと入室した。手早くお茶を淹れる執事クリスチャンが一礼して下がる。
アリスの手で並べられた茶器と菓子に、最初に手を伸ばしたのはシルヴェストルだった。
「これは母上が得意だったスコーンだな。午前中から焼いていたのはこれか」
「そうよ。レシピを残してくださってたの」
前回はお菓子を焼く余裕なんてなかった。母の残したレシピや盛り付け案を綴じた本を見ながら、いつか作りたいと願って……その夢は叶うことなく消えた。でも今回は違う。お菓子つくりに不慣れな私を手伝ってくれるアリスもいる。
「ティナが作ったのか!」
「ご馳走になります」
さっさとジョゼフがクリームを塗って口に運ぶ。うかうかしていると、上司でもある友人クロードに奪われそうだ。その姿に倣い、慌ててフェルナン達も手を伸ばした。くすくす笑うコンスタンティナの声が響く中、アルフレッドとカールハインツもスコーンを手元に引き寄せる。
貸し借りもスコーンには影響しないらしい。しっかり味わって食べる彼らの頬が緩むのを見て、コンスタンティナは微笑む。お母様のお陰、手伝ったアリスや侍女のお陰、厨房でオーブンの温度を管理した料理長のお陰。すべては私以外の誰かが私に力を貸してくれた結果だ。それが擽ったく、嬉しかった。
「皇帝陛下に使者を出せばいい。情報源は俺だ」
ランジェサン王国第二王子が情報を漏らした。それならフォンテーヌに迷惑が掛からないだろ? そう言って笑うアルフレッドに、カールハインツは頭を下げた。
「感謝する」
「俺がお前に雑談で話してしまった。それを感謝されるのはおかしいだろ」
貸し借りで考えるな。そう突きつけるアルフレッドに、カールハインツは黙って頭を下げた。これ以上の感謝も礼も相応しくない。だが皇族が頭を下げる価値のある情報だった。
「バルリングがどう動くか、そこだけが懸念か」
クロードの呟きに、ジョゼフは「心配しておりません」と笑った。賢帝として名高い現皇帝陛下が、愚かな決断をするはずがない。言い切る形のジョゼフに、ほぼ全員が納得してしまった。政は駆け引きや謀略が渦巻く世界だ。だが本来は、この程度の話し合いで終わる至極簡単な仕組みなのかも知れない。
「アリス、お茶とお菓子をお願い」
クロードの膝の上からかかった声に、壁に控えていた侍女アリスは一礼して場を外した。廊下に用意した茶菓子をクリームで飾り付ける間に、別の侍女がお茶用のお湯を運ぶ。手早く準備を整え、ワゴンごと入室した。手早くお茶を淹れる執事クリスチャンが一礼して下がる。
アリスの手で並べられた茶器と菓子に、最初に手を伸ばしたのはシルヴェストルだった。
「これは母上が得意だったスコーンだな。午前中から焼いていたのはこれか」
「そうよ。レシピを残してくださってたの」
前回はお菓子を焼く余裕なんてなかった。母の残したレシピや盛り付け案を綴じた本を見ながら、いつか作りたいと願って……その夢は叶うことなく消えた。でも今回は違う。お菓子つくりに不慣れな私を手伝ってくれるアリスもいる。
「ティナが作ったのか!」
「ご馳走になります」
さっさとジョゼフがクリームを塗って口に運ぶ。うかうかしていると、上司でもある友人クロードに奪われそうだ。その姿に倣い、慌ててフェルナン達も手を伸ばした。くすくす笑うコンスタンティナの声が響く中、アルフレッドとカールハインツもスコーンを手元に引き寄せる。
貸し借りもスコーンには影響しないらしい。しっかり味わって食べる彼らの頬が緩むのを見て、コンスタンティナは微笑む。お母様のお陰、手伝ったアリスや侍女のお陰、厨房でオーブンの温度を管理した料理長のお陰。すべては私以外の誰かが私に力を貸してくれた結果だ。それが擽ったく、嬉しかった。
42
お気に入りに追加
5,859
あなたにおすすめの小説
勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる
千環
恋愛
第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。
なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を庇おうとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
【完結】愛され公爵令嬢は穏やかに微笑む
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
「シモーニ公爵令嬢、ジェラルディーナ! 私はお前との婚約を破棄する。この宣言は覆らぬと思え!!」
婚約者である王太子殿下ヴァレンテ様からの突然の拒絶に、立ち尽くすしかありませんでした。王妃になるべく育てられた私の、存在価値を否定するお言葉です。あまりの衝撃に意識を手放した私は、もう生きる意味も分からくなっていました。
婚約破棄されたシモーニ公爵令嬢ジェラルディーナ、彼女のその後の人生は思わぬ方向へ転がり続ける。優しい彼女の功績に助けられた人々による、恩返しが始まった。まるで童話のように、受け身の公爵令嬢は次々と幸運を手にしていく。
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2022/10/01 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、二次選考通過
2022/07/29 FUNGUILD、Webtoon原作シナリオ大賞、一次選考通過
2022/02/15 小説家になろう 異世界恋愛(日間)71位
2022/02/12 完結
2021/11/30 小説家になろう 異世界恋愛(日間)26位
2021/11/29 アルファポリス HOT2位
2021/12/03 カクヨム 恋愛(週間)6位
妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!
石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。
だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。
しかも新たな婚約者は妹のロゼ。
誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。
だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。
それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。
主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。
婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。
この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。
これに追加して書いていきます。
新しい作品では
①主人公の感情が薄い
②視点変更で読みずらい
というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。
見比べて見るのも面白いかも知れません。
ご迷惑をお掛けいたしました
【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。
138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」
お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。
賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。
誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。
そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。
諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる