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本編
89.大人げないけれど、居心地がいい
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どちらが隣に座るか議論する二人を見ながら、私は表情を和らげた。この方たち、本当に欲がないわ。私は公国となったフォンテーヌの娘、妻に娶ればどちらの国も領土の拡大が望めるのに。
バルリング帝国の皇太子カールハインツ、ランジェサン王国第二王子アルフレッド――私の世界を壊さずに入ってきた方々。どちらも素敵で、どちらも欲しい。でも夫として望んでいるのか、大切なお友達なのか。自分でも判断できなかった。これが恋心なら、どちらかを選ぶのかしら。
「カールハインツ、アルフレッド。どちらも座らせん」
ガゼボのベンチに腰掛けた私の隣に、しれっとした顔でシルお兄様が座る。
「横暴だ」
「兄だから何でも許されるわけじゃないのに」
抗議する彼らに、兄は意地悪い顔で笑った。
「もたもたしているからだ」
世の中、早い者勝ちという考え方はありますが。ここで適用するのも可哀想な気がします。互いにきちんと話し合いで解決しようとしたのに、お兄様は横入りしたのですから。でもこれが一番無難な解決なのも確かだった。大国の王族や皇族の争いが激化すれば、間に存在するフォンテーヌが危険に晒される。
兄の判断は政治的なもので、半分近くは家族の独占欲? 妹を手放す気はないと牽制する姿は、大型犬のようで微笑ましかった。だから口元を緩めて、向かいの席を彼らに勧める。後ろに控えるアリスがくすくすと笑った。
「結婚相手を探すなら、よそへ行け」
威嚇する兄が引き寄せるまま肩に寄り掛かり、口元を手で隠す。私が嫁き遅れたらそれも腹立たしいくせに。矛盾している父や兄の愛情が、前回の負い目の延長上にあるのはわかっていた。救えなかったから、やり直しの機会に飛びついただけ。
居心地が良くて温かい場所に、私はしがみ付いている。誰かを傷つける前に、身の処し方を決めてしまわなければ……誰かを選んで妻になるのが一番なのだけれど。ちらりと見上げた兄の厳しい表情に、それも難しいと苦笑いした。
「ティナはずっと家に残るの?」
結婚する気はないかとリッドが直球で尋ねる。こういう真っすぐな素直さは、彼らしい。子どもっぽく無神経と判断する人もいるが、羨ましいと思えた。
「ティナを困らせるな。本当に王族なのか?」
眉を寄せて、余計な発言をするなと窘めるカールは大人だ。策謀渦巻くバルリング帝国で、皇太子の地位を守り抜いた彼は人の心の裏を読む。だからこそ、答えられない私を擁護する。再び言い争いが始まりそうな彼らに、ひとつの答えを出した。
「私ね、夫は要らないの。でもそれ以上に大切なお友達が欲しいわ」
思わぬ発言に、兄シルヴェストルが目を見開く。夫より大切な友人、その言葉に彼らは目配せし合った。私には分からない、こういう仕草も好き。男の方って女の入れない仲の良さがあるわ。
お茶の準備を終えたアリスが「お嬢様の焼いたスコーンです」と紹介した途端、彼らは目の色を変えて確保に走った。
「ちょ、カールはもう2つ取っただろ!」
「いくつあっても食べる! リッド、プレーンを寄越せ」
「お前ら、これはティナが手ずから作った芸術品だ。鷲掴みにするな」
文句を言いながらもお兄様だって手で取ってる。あまりの騒動にきょとんとしてしまったけれど、後ろからアリスがそっとお皿を出してくれた。全種類が載ったお皿を受け取り、首を傾げる。
「こうなると思いましたので、先に取り分けておきました」
侍女アリスの方が上手のようね。アリスと半分に割って味を見ながら、美味しい紅茶を楽しむ。大人しく座り直した三人がそれぞれの皿に隙あればフォークを伸ばす攻防を笑いながら、お茶の時間は騒がしく過ぎていった。
バルリング帝国の皇太子カールハインツ、ランジェサン王国第二王子アルフレッド――私の世界を壊さずに入ってきた方々。どちらも素敵で、どちらも欲しい。でも夫として望んでいるのか、大切なお友達なのか。自分でも判断できなかった。これが恋心なら、どちらかを選ぶのかしら。
「カールハインツ、アルフレッド。どちらも座らせん」
ガゼボのベンチに腰掛けた私の隣に、しれっとした顔でシルお兄様が座る。
「横暴だ」
「兄だから何でも許されるわけじゃないのに」
抗議する彼らに、兄は意地悪い顔で笑った。
「もたもたしているからだ」
世の中、早い者勝ちという考え方はありますが。ここで適用するのも可哀想な気がします。互いにきちんと話し合いで解決しようとしたのに、お兄様は横入りしたのですから。でもこれが一番無難な解決なのも確かだった。大国の王族や皇族の争いが激化すれば、間に存在するフォンテーヌが危険に晒される。
兄の判断は政治的なもので、半分近くは家族の独占欲? 妹を手放す気はないと牽制する姿は、大型犬のようで微笑ましかった。だから口元を緩めて、向かいの席を彼らに勧める。後ろに控えるアリスがくすくすと笑った。
「結婚相手を探すなら、よそへ行け」
威嚇する兄が引き寄せるまま肩に寄り掛かり、口元を手で隠す。私が嫁き遅れたらそれも腹立たしいくせに。矛盾している父や兄の愛情が、前回の負い目の延長上にあるのはわかっていた。救えなかったから、やり直しの機会に飛びついただけ。
居心地が良くて温かい場所に、私はしがみ付いている。誰かを傷つける前に、身の処し方を決めてしまわなければ……誰かを選んで妻になるのが一番なのだけれど。ちらりと見上げた兄の厳しい表情に、それも難しいと苦笑いした。
「ティナはずっと家に残るの?」
結婚する気はないかとリッドが直球で尋ねる。こういう真っすぐな素直さは、彼らしい。子どもっぽく無神経と判断する人もいるが、羨ましいと思えた。
「ティナを困らせるな。本当に王族なのか?」
眉を寄せて、余計な発言をするなと窘めるカールは大人だ。策謀渦巻くバルリング帝国で、皇太子の地位を守り抜いた彼は人の心の裏を読む。だからこそ、答えられない私を擁護する。再び言い争いが始まりそうな彼らに、ひとつの答えを出した。
「私ね、夫は要らないの。でもそれ以上に大切なお友達が欲しいわ」
思わぬ発言に、兄シルヴェストルが目を見開く。夫より大切な友人、その言葉に彼らは目配せし合った。私には分からない、こういう仕草も好き。男の方って女の入れない仲の良さがあるわ。
お茶の準備を終えたアリスが「お嬢様の焼いたスコーンです」と紹介した途端、彼らは目の色を変えて確保に走った。
「ちょ、カールはもう2つ取っただろ!」
「いくつあっても食べる! リッド、プレーンを寄越せ」
「お前ら、これはティナが手ずから作った芸術品だ。鷲掴みにするな」
文句を言いながらもお兄様だって手で取ってる。あまりの騒動にきょとんとしてしまったけれど、後ろからアリスがそっとお皿を出してくれた。全種類が載ったお皿を受け取り、首を傾げる。
「こうなると思いましたので、先に取り分けておきました」
侍女アリスの方が上手のようね。アリスと半分に割って味を見ながら、美味しい紅茶を楽しむ。大人しく座り直した三人がそれぞれの皿に隙あればフォークを伸ばす攻防を笑いながら、お茶の時間は騒がしく過ぎていった。
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