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本編
84.辺境に住む者を笑えば首を絞める
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オードラン辺境伯ダヴィドは、嫁の父であるバシュレ子爵と共に公爵家の屋敷に駆け付けた。ようやく忌まわしい前回が終わるのだ。あの夜会の中、不思議なほどに誰も動けなかった。助けようとした者も、自らの立場を鑑みて止まった者も、関係ないと目を背けた者もいた。誰の手も届かなかったのだ。
孤独な存在と勘違いした麗しきご令嬢は、王太子とその隣に立つ女に微笑んだ。日頃から人形姫と呼ばれるほど、毅然として表情を動かさないお方が……口角を上げ目元を和らげた。あの微笑みの美しさは、背筋がぞくりと痺れるほどだ。まるで女神様の慈愛の笑みのようで。
この国は多神教だ。多くの神々がいる中で、すべての神の母と呼ばれる美しき女神様がおられる。穏やかな微笑みを浮かべたその神像は、神々しさより親しみやすさを覚えた。幼子を守る母のようであり、夫を見送る妻のようだ。ゆえに神殿のほとんどは女神様を主神としている。
前回、神殿がコンスタンティナ様の葬儀を拒んだ。あの時絶句するクロードの横で、考えるより早く剣を抜き神官の首を落とした。戦場で敵相手に鍛えた剣はぐしゃりと頭を叩き割って潰す。怒りで僅かに狙いが逸れたらしい。
王家が一方的に着せた罪状をそのまま信じる愚鈍な神殿に、女神様を祀る資格などない。この神殿は神の代弁者たる立場を放棄した。駆けつけた大神官の指に光るその指輪は何だ? 豪華な紅玉が連なる首飾りや王族並みの豪華な絹の衣服も。でっぷりと肥えた腹が示す堕落振りに舌打ちする。
「なっ、このような! 破門ですぞ」
ふんぞり返る大神官に「それで結構だ」と彼の顔も潰した。こちらはわざと一度で殺さない。ぐしゃりと奇妙な手応え、飛び散る血に聞き苦しい悲鳴。それを無視して膝を突いた。
「我が君、ご命令を」
この男を処分するか。神殿ごと破壊してもいい。女神様の化身のような姫君を救わない神殿など、存在価値がなかった。足下がこれほど澱んでいては、女神様もさぞ居心地が悪かったであろう。フォンテーヌ公爵領にある神殿で弔うことが決まり、王都の神殿は捨て置かれた。
数日して、あの大神官の死が伝わる。俺には関係ない。神敵と呼ばれた時期もあったが、何も気にならなかった。女神様はきっとご理解しておられる。この信心に一点の曇りもなく、いつでも女神様に開いてお見せできると豪語した。
王家に不遇を強いられたバシュレ子爵を巻き込み、良心ある他の貴族とフォンテーヌ公爵家に集う。復讐に燃える公爵クロードは、年齢こそ違えど同時期に学んだ友だ。辺境伯は田舎者と蔑む王都の貴族を、クロードはいつも嘲笑してきた。
「辺境に住まう者は田舎者か? ならば国境に触れる領地を持つ四大公爵家すべてが田舎者よ。そもそも嘲る奴らの口に入る食料は、その田舎者が育てた物ぞ。王都への供給を止めたら、田舎者に縋り頭を下げねば生きていけぬ。国を守る辺境伯の価値を理解せぬ愚か者どもめが」
ある茶会でダヴィドを笑った侯爵家の当主へ、クロードはそう語った。この方ならば命を懸けても惜しくはない。美しきご令嬢の死を嘆いた公爵家は、今回その悲劇を回避した。ここから先、すべての忠誠と献身をあなた様に。新たな君主を戴いた栄誉に胸は高鳴った。
前回俺が首を落とした神官は、自死したという。王都にいた公爵派の貴族が動いたか? 記憶が戻って数日で起きた事件に、噂の信憑性を誰も疑わなくなった。前回に何が起きたのか、それによってこの国がどうなったか。知った民は行動を起こし、王家は自滅した。
この国は名を変え、新しい一歩を踏み出そうとしている。美しきご令嬢と主君に、女神様のご加護のあらんことを。
孤独な存在と勘違いした麗しきご令嬢は、王太子とその隣に立つ女に微笑んだ。日頃から人形姫と呼ばれるほど、毅然として表情を動かさないお方が……口角を上げ目元を和らげた。あの微笑みの美しさは、背筋がぞくりと痺れるほどだ。まるで女神様の慈愛の笑みのようで。
この国は多神教だ。多くの神々がいる中で、すべての神の母と呼ばれる美しき女神様がおられる。穏やかな微笑みを浮かべたその神像は、神々しさより親しみやすさを覚えた。幼子を守る母のようであり、夫を見送る妻のようだ。ゆえに神殿のほとんどは女神様を主神としている。
前回、神殿がコンスタンティナ様の葬儀を拒んだ。あの時絶句するクロードの横で、考えるより早く剣を抜き神官の首を落とした。戦場で敵相手に鍛えた剣はぐしゃりと頭を叩き割って潰す。怒りで僅かに狙いが逸れたらしい。
王家が一方的に着せた罪状をそのまま信じる愚鈍な神殿に、女神様を祀る資格などない。この神殿は神の代弁者たる立場を放棄した。駆けつけた大神官の指に光るその指輪は何だ? 豪華な紅玉が連なる首飾りや王族並みの豪華な絹の衣服も。でっぷりと肥えた腹が示す堕落振りに舌打ちする。
「なっ、このような! 破門ですぞ」
ふんぞり返る大神官に「それで結構だ」と彼の顔も潰した。こちらはわざと一度で殺さない。ぐしゃりと奇妙な手応え、飛び散る血に聞き苦しい悲鳴。それを無視して膝を突いた。
「我が君、ご命令を」
この男を処分するか。神殿ごと破壊してもいい。女神様の化身のような姫君を救わない神殿など、存在価値がなかった。足下がこれほど澱んでいては、女神様もさぞ居心地が悪かったであろう。フォンテーヌ公爵領にある神殿で弔うことが決まり、王都の神殿は捨て置かれた。
数日して、あの大神官の死が伝わる。俺には関係ない。神敵と呼ばれた時期もあったが、何も気にならなかった。女神様はきっとご理解しておられる。この信心に一点の曇りもなく、いつでも女神様に開いてお見せできると豪語した。
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この国は名を変え、新しい一歩を踏み出そうとしている。美しきご令嬢と主君に、女神様のご加護のあらんことを。
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