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本編
82.篩い落とされればいいのに
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嫁にやりたくない。婿も邪魔だからいらない。本音を押し殺して屋敷内へ招く許可を与えた。渋い顔をした主君に、ジョゼフが苦笑いする。新たに公国の宰相職を与えられた忠実な部下は、許可を淡々と伝え処理した。
庭で行われる顔合わせの時間に合わせて、休憩時間を取る。テラスに繋がる扉を開けて、外からの声を拾いやすいよう工夫した。
「本日はよい風が吹いております」
促してクロードをテラスに追いやる。転がり落ちそうなほど手摺りに身を乗り出す彼の腰のベルトを掴み、ジョゼフは庭の様子を見守った。心配なのはジョゼフも同じだ。おじさまと呼び慕ってくれる可愛いコンスタンティナは、姪や娘も同然の存在だった。
ここ最近笑顔が増えた。ふとした瞬間に厳しい妃教育の片鱗が覗いても、愛らしい少女の振る舞いは心を和ませる。先日は苦労しながら焼き菓子を作ったといい、侍女のアリスと一緒に配って回った。お裾分けをもらったジョゼフから取り上げようとし、クロードが叱られたのはいい思い出だ。
学生の頃に戻ったような居心地の良さに、前回の過ちがより身に染みた。あの頃の慌ただしさと忙しさ、なにより責任ばかりを押し付けられた状況は異常だ。当然と思い身を粉にして働いたが、一度離れると異常さが際立った。あれは人が耐える環境ではない。
個人としての能力を超える仕事量に埋もれ、睡眠を削り体を害していく。前回の部下が気の毒になり、探し当てて新たな職を紹介したのはつい先日のことだった。彼らが覚えていなくても、気鬱になり自殺した者もいたのだから。
「見ろ、ジョゼフ。ティナの愛らしさを!」
「存じております。今日は綿のワンピースなのですか」
「あの子の選択だ」
婚約者候補として会うことは理解しているのに、わざと質素な服装を選んだ。素の自分を見せて相手の対応を判断するつもりだろう。皮肉にも、前回の詰め込み教育の成果だった。国の頂点に立つべく育てられた彼女の身に付いた所作は、装いに関係なくにじみ出る。
「あの二人を篩に掛けるか」
さすがは我が娘だ。にやにやと口元を綻ばせるクロードは、両方断られてしまえと呟く。本音が漏れていますと注意しながら、ジョゼフも大差ない感想を抱いた。篩われて落ちてしまえばいいのに。
公国のトップと側近に見られているとは知らず、顔合わせは一段落したらしい。兄の手を取ったコンスタンティナの後ろに従う形で、二人は室内に入った。お茶でも飲むのだろう。
「ジョゼフ、許せ。我慢できぬ……仕事は徹夜してでも片付ける!!」
部屋を抜けて廊下に出ていく主君の後を追いながら、ジョゼフは咎める言葉を吐かない。緊急の書類があれば止めるが、普段から真面目に仕事をこなすクロードがそんなヘマをするわけがなかった。大切な子ども達を守ると誓った彼は国の仕事に真摯に向き合ってきた。
何より……自分も気になって仕方ないのだ。ジョゼフは執務室の扉にきっちり鍵をかけて確認すると、半ば走るようにして後を追う。慌ただしい二人の様子を見送った侍女や執事は、唇に指を押し当てて互いに口止めをした。主家の秘密を洩らさないのは、よい使用人の条件なのだから。
庭で行われる顔合わせの時間に合わせて、休憩時間を取る。テラスに繋がる扉を開けて、外からの声を拾いやすいよう工夫した。
「本日はよい風が吹いております」
促してクロードをテラスに追いやる。転がり落ちそうなほど手摺りに身を乗り出す彼の腰のベルトを掴み、ジョゼフは庭の様子を見守った。心配なのはジョゼフも同じだ。おじさまと呼び慕ってくれる可愛いコンスタンティナは、姪や娘も同然の存在だった。
ここ最近笑顔が増えた。ふとした瞬間に厳しい妃教育の片鱗が覗いても、愛らしい少女の振る舞いは心を和ませる。先日は苦労しながら焼き菓子を作ったといい、侍女のアリスと一緒に配って回った。お裾分けをもらったジョゼフから取り上げようとし、クロードが叱られたのはいい思い出だ。
学生の頃に戻ったような居心地の良さに、前回の過ちがより身に染みた。あの頃の慌ただしさと忙しさ、なにより責任ばかりを押し付けられた状況は異常だ。当然と思い身を粉にして働いたが、一度離れると異常さが際立った。あれは人が耐える環境ではない。
個人としての能力を超える仕事量に埋もれ、睡眠を削り体を害していく。前回の部下が気の毒になり、探し当てて新たな職を紹介したのはつい先日のことだった。彼らが覚えていなくても、気鬱になり自殺した者もいたのだから。
「見ろ、ジョゼフ。ティナの愛らしさを!」
「存じております。今日は綿のワンピースなのですか」
「あの子の選択だ」
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「あの二人を篩に掛けるか」
さすがは我が娘だ。にやにやと口元を綻ばせるクロードは、両方断られてしまえと呟く。本音が漏れていますと注意しながら、ジョゼフも大差ない感想を抱いた。篩われて落ちてしまえばいいのに。
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「ジョゼフ、許せ。我慢できぬ……仕事は徹夜してでも片付ける!!」
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何より……自分も気になって仕方ないのだ。ジョゼフは執務室の扉にきっちり鍵をかけて確認すると、半ば走るようにして後を追う。慌ただしい二人の様子を見送った侍女や執事は、唇に指を押し当てて互いに口止めをした。主家の秘密を洩らさないのは、よい使用人の条件なのだから。
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