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本編
81.女は複数の貌を持つ生き物です
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兄シルヴェストルに手を預け、綿のワンピースで庭に出る。後ろに従うアリスに手を差し伸べ、空の左手を繋いだ。遠慮する仕草はシルお兄様のせいね。アリスの手を強く握って離さない私は、前回に比べて我が侭になった。大切な友人を困らせているのに、兄の手も離したくないの。
右手に家族、左手に友人。前回では望めなかった幸せが、じわじわと押し寄せてくる。外で起きる騒動から目を瞑って傷を癒してきたけれど、もうすぐ終わるでしょう。だって、ほら。私の運命を変える人達が待っている。
バルリング帝国の皇太子カールハインツ、乗馬服を纏ってるのは汚れることを想定したのかしら。隣に立つのは、ランジェサン王国の第二王子アルフレッド。庭師のフリをして入り込んだ彼は地位に相応しい騎士服だった。
心配そうな兄の気持ちが、触れた手を通じて伝わる。絹の手袋なしもたまにはいいわ。平静を装いながら近づき、ぴたりと足を止めた。この場所は手が届かない淑女の距離だ。婚約者でもない異性と手が触れる距離に立てば、あらぬ噂が立つ。ゆえに淑女はこの距離を最初に教えられるのよ。
遠回しにどちらも私にとって他人だと示した形になる。これが今の私の答えだった。父や兄は嫁に行かなくてもいい。このまま領地に残って欲しいと口にする。外聞は気にしなくても平気だった。どうせ私の耳に届くようなヘマをする2人ではないもの。
友人のアリスだって、いつかは夫を見つけて距離が開く。子どもを産んで幸せな家庭を築く彼女の権利を奪う気はなかった。だから、私も誰かの手を取ろうと思う。それが目の前の2人以外の可能性もあるけれど。
「今回は初めてお目にかかります……」
「待って」
淑女らしからぬ私の遮りに、カールハインツは動きを止めた。僅かに首を傾げた彼の黒髪がさらりと揺れる。うん、ここは合格ね。一般的には女性に言葉を遮られたら激怒する男性が多いのだけど、彼の表情には疑問だけが浮かんでいた。
「お名前だけくださる?」
この試験はどうかしら。前回の私は選びも選ばれもしなかった。他の公爵家に年頃のご令嬢がいなかったから、消去法で残っただけ。他国との交流の縁が深い父の力が欲しくて、決められた婚約だった。だから今回は選びたいの。私が傲慢だと思うなら去ってくれていいわ。
「カールハインツと、申します」
「アルフレッドです、リッドとお呼びください」
互いに一瞬だけ目配せした2人は、すぐに理解した。私は家名を名乗れと言わなかった。これが正解よ。ふふっと頬を緩めたら、なぜか隣の兄が得意げな顔をした。お兄様、面白がっておられるのね。
「カールハインツ……愛称はありますの?」
こちらが名乗らずに呼び捨てる。こんな無礼、されたことがないでしょう? まだ私の試験は終わっていなくてよ。意地が悪いのを承知で、私は仕掛ける。外で戦うのが男の仕事なら、中で陣地を守るのが女の役目――戦う方法はひとつではない。見せる貌もひとつではないのよ。
「カールではいかがですか? レディ」
今回は、と前置きした皇太子殿下は記憶を持っている。ゆえに知っている私の名を口にせず、初対面の令嬢へのマナーを守った。
「大変失礼いたしました。箱入りの小娘の無礼をお許しくださいませね。コンスタンティナと申します。カール、リッド。しばらく屋敷に滞在されるのでしょう? 気軽にティナと呼んでください」
どちらも合格だけれど、これは困ったわ。私、両方とも欲しいの。選べない。ちらりと視線を向けた先で、アリスは平静を装い、兄は青褪めていた。あら、気づかれてしまったかしら? 私もまだ未熟ね。
右手に家族、左手に友人。前回では望めなかった幸せが、じわじわと押し寄せてくる。外で起きる騒動から目を瞑って傷を癒してきたけれど、もうすぐ終わるでしょう。だって、ほら。私の運命を変える人達が待っている。
バルリング帝国の皇太子カールハインツ、乗馬服を纏ってるのは汚れることを想定したのかしら。隣に立つのは、ランジェサン王国の第二王子アルフレッド。庭師のフリをして入り込んだ彼は地位に相応しい騎士服だった。
心配そうな兄の気持ちが、触れた手を通じて伝わる。絹の手袋なしもたまにはいいわ。平静を装いながら近づき、ぴたりと足を止めた。この場所は手が届かない淑女の距離だ。婚約者でもない異性と手が触れる距離に立てば、あらぬ噂が立つ。ゆえに淑女はこの距離を最初に教えられるのよ。
遠回しにどちらも私にとって他人だと示した形になる。これが今の私の答えだった。父や兄は嫁に行かなくてもいい。このまま領地に残って欲しいと口にする。外聞は気にしなくても平気だった。どうせ私の耳に届くようなヘマをする2人ではないもの。
友人のアリスだって、いつかは夫を見つけて距離が開く。子どもを産んで幸せな家庭を築く彼女の権利を奪う気はなかった。だから、私も誰かの手を取ろうと思う。それが目の前の2人以外の可能性もあるけれど。
「今回は初めてお目にかかります……」
「待って」
淑女らしからぬ私の遮りに、カールハインツは動きを止めた。僅かに首を傾げた彼の黒髪がさらりと揺れる。うん、ここは合格ね。一般的には女性に言葉を遮られたら激怒する男性が多いのだけど、彼の表情には疑問だけが浮かんでいた。
「お名前だけくださる?」
この試験はどうかしら。前回の私は選びも選ばれもしなかった。他の公爵家に年頃のご令嬢がいなかったから、消去法で残っただけ。他国との交流の縁が深い父の力が欲しくて、決められた婚約だった。だから今回は選びたいの。私が傲慢だと思うなら去ってくれていいわ。
「カールハインツと、申します」
「アルフレッドです、リッドとお呼びください」
互いに一瞬だけ目配せした2人は、すぐに理解した。私は家名を名乗れと言わなかった。これが正解よ。ふふっと頬を緩めたら、なぜか隣の兄が得意げな顔をした。お兄様、面白がっておられるのね。
「カールハインツ……愛称はありますの?」
こちらが名乗らずに呼び捨てる。こんな無礼、されたことがないでしょう? まだ私の試験は終わっていなくてよ。意地が悪いのを承知で、私は仕掛ける。外で戦うのが男の仕事なら、中で陣地を守るのが女の役目――戦う方法はひとつではない。見せる貌もひとつではないのよ。
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