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本編

74.我が侭な幼子の振る舞いもまた

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 王家派として前回甘い汁を吸った貴族を排除していく。そのための手段だった。襲撃があることは予想可能だが、その時期を正確に把握できるのは犯人のみ。王家派の中にネズミを飼い、ジョゼフが操って情報を吸い出す。ネズミの罪は、知った情報をすぐに回さなかったこと。

 愚かにも王家派を抜け出すチャンスを自らフイにした。迷った一日は彼の命運を分けたのだ。



「シルお兄様、あーん」

 苦い薬を前に渋い顔をする兄に、銀の匙を差し出す。載せられた薬はとろりと重さがあり、薬草の臭いがきつい緑の液体だった。口を開けるのを躊躇うシルヴェストルに、私はくすくすと笑う。アリスと過ごす中、表情が柔らかくなったと言われる機会が増えた。自分でもそう思う。

 歯を見せて笑うなんて品がない。口元だけで微笑み、相手を見据える眼差しを保て。無理がある教育だったと思うのに、前回は真剣に取り組んだ。王妃様は私の母親の代わりをしていると信じたから。すべてを失った前回を教訓に、愛される今回を生きていく。

 自分がしたいことを口にして、父や兄に守られる。今回は私も守りたい。

「あーん、ですわ」

 言葉を重ねる間に、薬がぽたりと器に落ちた。下で受ける器の中はほぼ空で、この匙だけ我慢すれば終わりなのに。子どもみたいに口を結んで拒むなんて。困ったお兄様だこと。

「私ではダメですのね?」

 悲しくなって眉尻を下げる。表情が豊かになった私の呟きに、お兄様が慌てた。薬の器と匙を、後ろに控えるクリスチャンに渡す。引き留める兄の手を握り返しながら場所を譲った。さあ、もう逃げ場はありませんわ。

「では僭越ながら私が……」

 あーんは省略されたが、執事の手で銀の匙が差し出される。シルヴェストルお兄様の表情が目に見えて、落ち込んだ。素直に口を開けないからですわ。握った兄の手を撫でて促すと、諦めた様子で溜め息を吐いた。

「わかった。だが、ティナが差し出すならだ」

 執事クリスチャンは穏やかに頷くが、少し肩が震えている。笑いを堪えているの? 再び兄の前で椅子に座り、銀の匙で器の中の薬を掬った。苦そうな色と香りだけど、これが効くのなら仕方ないわ。

「お兄様、あーん」

 素直に口を開けた兄が銀の匙を自分で引き抜いた。器の中に戻してクリスチャンに手渡す。眉根を寄せて複雑そうな顔をする兄に、蜂蜜を乗せた匙を見せた。すぐに開いた口へ蜂蜜を入れる。

「口直し、か。母上と同じだな」

 微笑んだ兄が口にした通り、母がよく使った方法だ。苦い風邪薬を飲んだ後に、必ず用意してくれていた。懐かしい思い出を語り、薬が効いて横になった兄の手を握る。

「今日はここで刺繍をしますわ。だからゆっくり休んでくださいませ」

 この部屋にいると告げた時の幸せそうな兄の微笑みを胸に焼き付け、眠るまで見守った。そっと手を戻して、少し離れた場所で刺繍道具を受け取る。一緒にアリスも同席するため、向かい合って座った。早くハンカチを仕上げなくては。お父様とお兄様がケンカを始める前に、ね。

 少しして父が顔を見せた。眠るお兄様の表情を確認して、私の手元を覗き込む。

「我が家の紋章、か? 見事だ」

「ふふ。同じものを作りますから仲良く1枚ずつです」

 まだ13歳になったばかりの体は手が小さくて、枠を支えるのも針を動かすのもぎこちない。速度が遅いのは諦め、丁寧に仕上げることを心掛けた。今のところ満足のいく出来栄えだ。

「シルが薬を嫌がったと聞いたぞ」

 内緒話のように声を潜めた父に、私は「まぁ」と目を見開く。クリスチャンったら、お父様に話してしまったの? 後でお兄様が拗ねるわよ。

「ご褒美の蜂蜜も用意しましたから、ちゃんと飲みましたわ」

「ティナがあーんをするなら、それが褒美だろうに。贅沢な奴だ」

 最近は私の体調も良く、貧血もほとんどなくなった。家族での食事が当たり前になり、一人ではないので食べる量も増えている。こうした会話も嬉しくて、笑う機会も多い。

「お父様、私……幸せですわ」

「欲のない子だ。もっと欲しがれば良い」

 何でも与えてやる。そう笑ったお父様の大きな手が私の頭を撫で、結う機会の減った金髪を揺らした。 
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