上 下
69 / 117
本編

69.幸せを掴むために戦う覚悟

しおりを挟む
 侍女や侍従は必死に隠しても、噂はどこからともなく耳に入るもの。庭師同士の会話だったり、木陰に私がいることを知らずに話す人だったり。お兄様やお父様が外で戦う状況は、理解していた。王城が襲撃され、国王夫妻が殺害されたという。王都の治安はそこまで悪化したのかと溜め息を吐いた。

 だけど、まさかお兄様が襲撃されるなんて。

「お兄様! シルお兄様っ!」

 騒がしくなった玄関の様子に、てっきり兄が帰ってきたのだと思った。アリスと一緒に階段を降りて……途中で見えた赤に驚いて足が竦む。手摺りに縋って降りた先で、兄シルヴェストルの顔は青かった。真っ赤な血が腹から吹き出すたび、血の気を失う兄の顔色が恐ろしい。背中や胸に傷を負ったエミールが、両手で傷を押さえた。

「早く止血を! もうもたない!!」

 駆け込んだ老医師は、いつも私の貧血を診察していた。腕のいい医者で、きっと兄を助けてくれる。がくりと膝から力が抜けて、後ろのアリスが私を受け止めて座った。一緒に絨毯に座った私は、運ばれる兄を追おうとした。だが足が動かない。

 どうしよう、今日はお父様もジョゼフおじ様も留守なのに。混乱する私の前に膝を突いたのは、全身血塗れのエミールだった。マリュス侯爵であり、兄の親友だった方。護衛も務める彼も傷だらけだった。

「御当主が留守で、次期様もケガを負われた。今動けるのは、あなた様だけです」

 兄の親友や元婚約者の兄としての立場はなく、侯爵家当主の言葉でもない。これは兄の配下としての願いだった。私が指揮を? 震える手で拳を作る。ごくりと喉を鳴らして緊張を飲み込み、深呼吸した。

「ご安心ください。私も執事殿もおられます。あなた様は我らの提案に頷くか、首を横に振るだけでよいのです」

「お嬢様、若様の傷は致命傷ではございません。命は助かります」

 執事クリスチャンの言葉に、気持ちがすっと落ち着いた。準備された部屋で、簡単な手術を行うらしい。傷の縫合が必要だと医者は口にした。ならば私は、私に出来ることをしよう。

「クリスチャン、必要な包帯やシーツを用意して」

「かしこまりました」

 声は揺れ、握った拳は震えていようと、フォンテーヌ公爵であるお父様の代理は私。今は私しかいないの。自分に言い聞かせて指示を出す。クリスチャンはそこに加えて、薬や室温を上げるための暖炉の手配を行なった。まだこの季節は暖炉に火を入れない。しかし出血が酷いと寒さを感じると、エミールは教えてくれた。

 次に警備の見直しだ。兄の治療中に邪魔されるのは、絶対に阻止しなくてはならない。父が帰るまで、この屋敷を守る。震える私の拳に、斜め後ろからアリスが手を重ねた。人の温もりは安心できる。

「エミール、警備を強化して。後は何が必要?」

 私が考えるより、警備に詳しい人間がいるなら尋ねる。その指示を私が出せばいいの。王妃と同じよ。有能な人を手足にして、私は責任を負えばいい。指揮官がすべての能力を兼ね備える必要はないのだから。

「警備はすでに強化させました。可能であれば、ご当主様か宰相様に使者を送ることが最良かと」

「ではそのように」

 言い渡して、不安そうな使用人を見回す。すでに騎士達は簡単な手当を終えて、屋敷の警備に飛び出していった。

「さあ、皆も動いて! お兄様の部屋に必要なシーツやお湯の準備をして。私はお兄様のお部屋に参ります」

 本当は泣いて誰かに助けてもらいたい。でもそれじゃダメなの。今度こそお兄様もお父様も一緒に、幸せになるのよ。だから……私も戦うわ。
しおりを挟む
感想 410

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈 
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈 
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます

冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。 そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。 しかも相手は妹のレナ。 最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。 夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。 最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。 それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。 「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」 確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。 言われるがままに、隣国へ向かった私。 その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。 ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。 ※ざまぁパートは第16話〜です

妹に全部取られたけど、幸せ確定の私は「ざまぁ」なんてしない!

石のやっさん
恋愛
マリアはドレーク伯爵家の長女で、ドリアーク伯爵家のフリードと婚約していた。 だが、パーティ会場で一方的に婚約を解消させられる。 しかも新たな婚約者は妹のロゼ。 誰が見てもそれは陥れられた物である事は明らかだった。 だが、敢えて反論もせずにそのまま受け入れた。 それはマリアにとって実にどうでも良い事だったからだ。 主人公は何も「ざまぁ」はしません(正当性の主張はしますが)ですが...二人は。 婚約破棄をすれば、本来なら、こうなるのでは、そんな感じで書いてみました。 この作品は昔の方が良いという感想があったのでそのまま残し。 これに追加して書いていきます。 新しい作品では ①主人公の感情が薄い ②視点変更で読みずらい というご指摘がありましたので、以上2点の修正はこちらでしながら書いてみます。 見比べて見るのも面白いかも知れません。 ご迷惑をお掛けいたしました

居場所を奪われ続けた私はどこに行けばいいのでしょうか?

gacchi
恋愛
桃色の髪と赤い目を持って生まれたリゼットは、なぜか母親から嫌われている。 みっともない色だと叱られないように、五歳からは黒いカツラと目の色を隠す眼鏡をして、なるべく会わないようにして過ごしていた。 黒髪黒目は闇属性だと誤解され、そのせいで妹たちにも見下されていたが、母親に怒鳴られるよりはましだと思っていた。 十歳になった頃、三姉妹しかいない伯爵家を継ぐのは長女のリゼットだと父親から言われ、王都で勉強することになる。 家族から必要だと認められたいリゼットは領地を継ぐための仕事を覚え、伯爵令息のダミアンと婚約もしたのだが…。 奪われ続けても負けないリゼットを認めてくれる人が現れた一方で、奪うことしかしてこなかった者にはそれ相当の未来が待っていた。

処理中です...