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本編
67.仕組まれた因果応報
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王宮を守る警護の兵はほぼいない。丸裸の状態になった王城内は、平民出身の侍女や侍従がわずかに残るばかりだった。広すぎる建物の大半は打ち捨てられ、廃墟の様を呈している。かつての豪華絢爛な装いが嘘のようだった。
寂れた離宮には家や職を失った民が住み着き、美しかった庭は見る影もない。王城の奥へ引き籠った王家の生活は、日に日に困窮していった。税収は途絶えたのに、過去の生活水準を保とうとしたのだ。各貴族家はそっぽを向き、誰も税を納める者はいない。直轄領からの収入も絶えた。
王都が廃墟になりつつある今、人口もない都市は急速にその機能を失う。店が閉まり、人が逃げ、治安が悪化した王都を一人の騎士が横切った。鞘から抜かれた剣は赤に濡れ、すでに人を殺したことを窺わせる。濡れた剣と同じ赤髪をかき上げ、彼は面影のみの廃墟を見上げた。
王太子が処刑されたと途中で聞く。だがジャックは信じなかった。あの国王夫妻が、一人息子を切り捨てる判断を取れるのか。前回は廃嫡しても殺されなかった王太子だ。すべての原因と知りながら、今回も放置した息子を殺す? この決断が出来るなら、王家の置かれた状況はもっとマシだろう。
どこかに匿っている筈だ。ジャックは確信をもって城内に足を踏み入れた。彼はまだ気づいていない。自分の記憶に齟齬があることを。それは公爵家に吹き込まれた嘘ではなく、己の死後の記憶を当たり前のように所持していることだった。
ドロテの処刑に、王太子アンドリューが立ち会わなかったこと。前回の王太子の廃嫡も。ジャックの首が落とされた後の話だ。その記憶を与えられた奇跡を、彼は間違った方向へ捻じ曲げた。
違和感なく己の中に巣食う記憶が、いったい誰のものなのか。何のために与えられたのか。立ち止まって考えることが出来たら、やり直しの機会はあった。だが欲望のままにドロテを求め、敵を排除することに邁進する男の思考は頑なだった。
隠された王太子を殺し、国王夫妻を消す。それでドロテが手に入るのだ。間違った情報と凝り固まった思考が導いた闇へ、ジャックはひたすらに歩き続けた。見えない足元が、突然途絶えている可能性も考慮できぬまま。
国王を先に狙ったのは、入り込んだ部屋に偶然いたから。より抵抗が激しいと思われる敵から排除するのは、一種の本能だった。弱い敵は後からでも蹂躙できる。戦いと血に狂った元騎士は、まだ未熟な腕を自覚していた。
忍び込んだ部屋で侍従の服を奪い、着替えて偽装する。お茶を運ぶフリでワゴンを押し、白い布に包んで剣を運ぶ。それも長剣ではなく短剣を数本選んだ。未熟な技術と体格で扱うなら、重い長剣より短剣で突いた方が確実だろう。
騎士としての知識と経験を誤った方向へ生かすジャックは、短剣の柄を握り締めた。国王の居室は饐えた臭いがする。清掃が行き届かず、怯えて窓を開けての換気も拒んだ結果だ。帽子で赤毛を隠したジャックはお茶を注ぐフリで距離を詰め、短剣を振りかざした。
この国王が原因だ。すべての元凶で、ドロテを死刑にして苦しめた張本人だった。狂ったように笑いながら何度も突き刺し、懇願する手を切り裂く。血塗れになったジャックを咎める者はなく、続き部屋の扉に手を掛けた。押しても引いても開かぬドアに、反逆の騎士の唇が歪む。
鍵がかかった扉を放置し、廊下に回り込んだ。駆け付けた侍女は悲鳴を上げて逃げ、誰もいない王妃の部屋の扉にワゴンを叩きつける。蹴飛ばしたドアノブへ数回ワゴンをぶつけて壊した。見回す部屋にいない王妃を探し、クローゼットの香水臭いドレスの間で彼女を見つける。
髪を洗うことも結う余裕もない王妃の体臭に顔を顰め、ドレスに隠れたコレットの体を貫く。腰、胸、顔、守ろうと翳した腕……すべてをめった刺しにした後、ふらりと部屋を出る。王城の廊下を歩くジャックを止める者はおらず、我先にと侍従達も逃げ出した。
寂れた離宮には家や職を失った民が住み着き、美しかった庭は見る影もない。王城の奥へ引き籠った王家の生活は、日に日に困窮していった。税収は途絶えたのに、過去の生活水準を保とうとしたのだ。各貴族家はそっぽを向き、誰も税を納める者はいない。直轄領からの収入も絶えた。
王都が廃墟になりつつある今、人口もない都市は急速にその機能を失う。店が閉まり、人が逃げ、治安が悪化した王都を一人の騎士が横切った。鞘から抜かれた剣は赤に濡れ、すでに人を殺したことを窺わせる。濡れた剣と同じ赤髪をかき上げ、彼は面影のみの廃墟を見上げた。
王太子が処刑されたと途中で聞く。だがジャックは信じなかった。あの国王夫妻が、一人息子を切り捨てる判断を取れるのか。前回は廃嫡しても殺されなかった王太子だ。すべての原因と知りながら、今回も放置した息子を殺す? この決断が出来るなら、王家の置かれた状況はもっとマシだろう。
どこかに匿っている筈だ。ジャックは確信をもって城内に足を踏み入れた。彼はまだ気づいていない。自分の記憶に齟齬があることを。それは公爵家に吹き込まれた嘘ではなく、己の死後の記憶を当たり前のように所持していることだった。
ドロテの処刑に、王太子アンドリューが立ち会わなかったこと。前回の王太子の廃嫡も。ジャックの首が落とされた後の話だ。その記憶を与えられた奇跡を、彼は間違った方向へ捻じ曲げた。
違和感なく己の中に巣食う記憶が、いったい誰のものなのか。何のために与えられたのか。立ち止まって考えることが出来たら、やり直しの機会はあった。だが欲望のままにドロテを求め、敵を排除することに邁進する男の思考は頑なだった。
隠された王太子を殺し、国王夫妻を消す。それでドロテが手に入るのだ。間違った情報と凝り固まった思考が導いた闇へ、ジャックはひたすらに歩き続けた。見えない足元が、突然途絶えている可能性も考慮できぬまま。
国王を先に狙ったのは、入り込んだ部屋に偶然いたから。より抵抗が激しいと思われる敵から排除するのは、一種の本能だった。弱い敵は後からでも蹂躙できる。戦いと血に狂った元騎士は、まだ未熟な腕を自覚していた。
忍び込んだ部屋で侍従の服を奪い、着替えて偽装する。お茶を運ぶフリでワゴンを押し、白い布に包んで剣を運ぶ。それも長剣ではなく短剣を数本選んだ。未熟な技術と体格で扱うなら、重い長剣より短剣で突いた方が確実だろう。
騎士としての知識と経験を誤った方向へ生かすジャックは、短剣の柄を握り締めた。国王の居室は饐えた臭いがする。清掃が行き届かず、怯えて窓を開けての換気も拒んだ結果だ。帽子で赤毛を隠したジャックはお茶を注ぐフリで距離を詰め、短剣を振りかざした。
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