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本編

56.逆転が起きる奇妙な符号

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 フォンテーヌ公爵家には、次々と貴族が押し寄せる。王家が事実上転覆した今、権力や武力を高い水準で維持するのは我が家のみ。跡取りである俺に媚を売るため、盗賊や強盗の討伐に協力する連中が溢れた。

 使えないと判断した奴は一足先に父の元へ送る。元宰相で父の片腕であるアルベール侯爵もいるから、心配はしなかった。捕らえた強盗達の中から、奇妙な証言が飛び出した。彼らを焚き付けて、この公爵領で暴動を企てた者がいる……と。

 扇動した者がいたことは把握している。だが、外見的な特徴が違っていた。ほとんどの賊が口にした男は、若く見た目の良い貴族の若者だ。その中の数人は、香水の匂いがしたと証言している。今回浮かび上がった首謀者らしき男は中年で義足だった。

「話を順番に整理しろ」

 頷いたエミールが彼らの証言を並べ替えていく。領民に対し強盗を行なった者達は、時間が経つに従って質が落ちた。まるで誰彼構わず仲間に取り込んだような印象を与える。ターゲットにしてもそうだ。最初は黒い噂のある商人や下級貴族を狙った。いつからか、流行りの店や裕福な家庭を狙うようになる。

 エミールだけに任せず、シルヴェストルは自らも書類を手に取った。見ていた部下も従い、手分けして調書の内容を並べ替えていく。時系列が特定できない調書は、すべて横に積み上げた。

 出来上がった調書を順番にたどり、理由らしきものに到達する。

「この義足の男が出てくるのは……初期のみか」

 この頃の被害者は、襲われても同情より納得する者達だった。もちろん襲われていいわけではないが、評判はかなり悪い。逆に後半は被害者となった店や家は、どこも評判がよく繁盛していた。襲う賊の質も急激に劣化する。

 最初の頃は金品を奪うだけで、人殺しや暴行はほぼない。後になればなるほど、残虐な行為が増えた。これらが意味するのは……統制が利かなくなった事実だ。義足の男が始めた行動を誰かが引き継いだか、奪ったか。そこで狂いが生じた。ただ金を奪うだけの集団が生まれたのだろう。

「確証はないが、深く調査してくれ」

 拷問をして口を割らせろ。殺しても構わん。裏に秘めた命令を悟った騎士は、きゅっと唇を噛んで了承を口にした。夫を奪われて泣いた料理屋の奥さん、自慢の息子を殺され縋って泣く年老いた両親、母親を惨殺された幼児。さまざまな悲劇が脳裏を過ぎる。

 敬礼した騎士達は、捕らえた者に厳しい取り調べを行なった。罪に対して相応しい罰を。これは原則だ。罪に問う前に、取り調べの段階で手が滑ることもあるだろう。シルヴェストルはそんなを責める気はない。

「いいのですか?」

「構わない。統治者とはそういうものだ」

 父クロードが辿った道、自分がこれから踏みしめる道だった。妹のティナは美しい花が咲き乱れる綺麗な道を行けばいい。血で泥濘んだ道を進むのは、当主の役目だった。誰かが手を汚すのであれば、それは当主となる自分以外にいない。

 覚悟を決めたシルヴェストルの後ろで、エミールは強く拳を握った。代わりに背負いたい。自分が命令を出すべきだった。

「お前のせいじゃない。気に病むな……エミール、お前は自分に厳し過ぎる」

 最後の部分は掠れるほど小さな声で、けれどエミールに届く。はっとして顔を上げたエミールに、シルヴェストルは悲しそうに微笑んだ。
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