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本編

52.お兄様にも同じ対応なら

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 大切に箱庭に守られる。それは貴族令嬢として幸せなことだ。そう考える人は多いけど、私はまったく違う思いで溜め息を吐く。お父様もシル兄様も、私を危険から遠ざけることばかり考えた。屋敷内で自由にしなさい、でも外へ出てはいけないよ。付きあう相手はこちらで選別する。これでは愛玩動物と同じだ。

「私も役に立ちたいわ」

 アリスは困ったような顔をした。ドレスを着た私への対応は、いつもと同じ侍女のもの。友人と侍女の境目を彼女ははっきり示していた。だから思うことがあっても口にしない。人前に出なければ、ずっと友人として接して欲しいけれど。他の侍女の手前、それも難しいのだと理解は出来た。

「お父様にお願いしましょう」

 立ち上がった私のために裾を整えて扉を開くが、アリスの表情は暗かった。わかってる、この願いはおそらく叶えられない。兄が領民のために戦う中、私は何も出来ずに守られるのが嫌だった。剣を持ったこともない私が戦うことは無理だが、ケガ人の手当てや物資の運搬手配などは手伝える。

 不埒な考えの者が混じることが心配なら、事務仕事の手伝いでも計算でもいい。何か力になりたかった。前回受けた厳しい教育は、このためだったのだと思うから。与えられた愛情を返すのは難しい。愛する家族に心配をかけず、領民のためになること……。

 廊下を歩きながら考える。だけど私は知らない。詳しい戦況も、公爵領以外の状況も。だから情報を手に入れたくて向かうのだ。最初から望みがすべて叶うことはないのだから。誰も信じずに殻に閉じこもり、押し付けられた価値観で潰された前回を教訓にせず、何から学べというのか。

「お父様、お話がございます」

 毅然と顔を上げ、わずかに口元を緩める。まだ完全ではないが笑顔らしき表情を浮かべて入室した。執務室にいたアルベール侯爵が目を細め、書類を手に席を立つ。気を利かせてくれたようだ。

「調べ物がありますので、失礼します。コンスタンティナ様、どうぞごゆっくり」

 呼び方の微妙な変化に気づいたが、何を意味するのかわからない。一礼して出ていく彼を丁寧にお見送りしてから父に向き直った。書類を処理していた手元は止まり、応接用のソファを勧められる。続き部屋へ移動して、ソファに腰掛けた。手際よく運ばれてきたお茶を一口、気持ちを落ち着ける。

「お父様、私も手伝いをさせてください」

「……そろそろ言い出すと思っていたが、親としては休んでいて欲しい」

「お兄様にも同じ対応なら、私も従いますわ」

「うぐっ」

 困ったと顔に描いて額を押さえたお父様の喉が、変な返事を絞り出す。言葉に詰まる父を見るのは初めてかしら。そのまま待つ私へ、父は少し待つよう言った。隣の部屋に戻って数枚の書類を手に戻ってくる。機密らしき書類を私の前へ躊躇なく並べた。

「わしは前回間違えた。だから今回はティナを守るために全力を尽くす。これが現状だ」

 公開された情報に目を通していく。お茶を飲む父の溜め息が多いけれど、指摘しなかった。そんなに不本意なのに、隠さないでくれる父の気持ちが嬉しい。私への信頼のような気がした。

「この辺は、私もお手伝いできますね」

 そう言って書類をテーブルの上に戻す。指先が示す部分に目を通した父の表情が、目に見えて安堵の色を浮かべた。

「うむ、明日から執務室に来なさい」

 それは手伝いを許可する、フォンテーヌ公爵としての命令だった。
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