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本編
50.やり直さずとも因果は巡る
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義足を引きずる男は、配下を操って四大公爵家の領地で騒動を起こした。目の前に積まれた金貨の山は、様々な貴族が差し出したものだ。王家にすり寄った古参貴族や裏で悪事を働く中流貴族が用意した。善良な民から搾り取った蓄財を吐き出させ、その金を前に溜め息を吐く。
「神職者まで腐ってると、どこに預ければいいか」
義賊を気取る気はない。ただこの金は個人的に消費していい金ではなかった。見せ金として一部を使用したが、残りは一切手を付けない。こうして隠れる潜伏場所で使われる経費も、すべて自らの金で賄った。あの連中と同レベルに落ちたくない、その一心だ。
傷跡を隠す泥が塗られた顔を、清潔な布で拭う。フェルナンはマルロー男爵家の跡取りだった。すでに家は取り潰されたため、現時点で貴族は名乗れない。厳しい目つきと頬に残る大きな傷跡が目立つ彼は、老人を装って曲げる腰を伸ばした。やっと50歳代に届いたばかりの働き盛りだ。
義足を外して、痛む関節を撫でながら思案する。やはり各公爵家を利用するのが正しいだろう。フォンテーヌ公爵家が一番安全だが、この領地からは遠い。一番近いのはヴォルテーヌだが、すでにバルリング帝国への統合を表明していた。
「遠いが、仕方ない。ついでに途中で一つ仕事を片付けるとしよう」
手土産代わりと呼ぶには、多少血腥いが。世の中は常に不条理に満ちている。それは公爵家の当主ならば理解するはずだ。フェルナンは文官だった。身を護る程度の剣術は嗜むが、専門は経理だ。真面目に仕事をこなし、その誠実さには定評があった。
仕事一筋で妻も娶らず、跡取りは甥と定めたある日……あるご令嬢の勘違いで人生のすべてを台無しにされた。王宮の片隅ですれ違ったご令嬢が、襲われそうになったと騒ぎ立てたのだ。美しく着飾った令嬢と擦れ違ったのは覚えている。
触れることもなく、脇に避けて擦れ違った。両手は書類で塞がり、彼女に手を触れることなど不可能だったが……相手は伯爵令嬢だった。侯爵家の婚約者である彼女は涙を浮かべて私を糾弾した。だが捜査の結果、勘違いであると判明する。
両手に書類を抱えた私が道を譲った姿を複数の侍女やご令嬢が目撃していた。婚約者の侯爵子息は、婚約者の名誉を守ると言う名目で事件をうやむやにした。振り上げた拳を降ろせなかったのだろう、私は騒がせた罪とやらで職と爵位を奪われたのだ。
マリュス侯爵家――その男は伯爵令嬢を妻に迎え、家は繁栄を極めている。かの家の娘が修道院へ送られたと聞いた。噂は裏社会に出回っており、前回の仔細も簡単に耳に入る。あの女の娘はそっくりに育ったようだ。ならば処分してしまおう。
これが身勝手な復讐であっても構わない。実際、私は財産も家もすべてを失った。家族にも縁を切られたのだ。この程度の報復は許されるはず。
配下に分配金を渡すと、数人を引き連れてマリュス侯爵領へ向かった。かの地に修道院は二つだけ。侯爵家の娘が預けられたなら、噂になるだろう。すぐに見つかる。
――数日後、修道院が賊に襲撃された話が広まった。まだ若い新入りの修道女が一人、無残な姿で見つかる。彼女の名は明かされなかった。それ以外の被害はなく、犯人はいまだ捕まっていない。
人の口をいくつも伝わり、ようやく噂がフォンテーヌ公爵家に届く頃……義足で頬に傷のある男が文官として採用された。有能な彼はすぐに公爵クロードや元宰相ジョゼフに重用され、その才能を遺憾なく発揮した。
「神職者まで腐ってると、どこに預ければいいか」
義賊を気取る気はない。ただこの金は個人的に消費していい金ではなかった。見せ金として一部を使用したが、残りは一切手を付けない。こうして隠れる潜伏場所で使われる経費も、すべて自らの金で賄った。あの連中と同レベルに落ちたくない、その一心だ。
傷跡を隠す泥が塗られた顔を、清潔な布で拭う。フェルナンはマルロー男爵家の跡取りだった。すでに家は取り潰されたため、現時点で貴族は名乗れない。厳しい目つきと頬に残る大きな傷跡が目立つ彼は、老人を装って曲げる腰を伸ばした。やっと50歳代に届いたばかりの働き盛りだ。
義足を外して、痛む関節を撫でながら思案する。やはり各公爵家を利用するのが正しいだろう。フォンテーヌ公爵家が一番安全だが、この領地からは遠い。一番近いのはヴォルテーヌだが、すでにバルリング帝国への統合を表明していた。
「遠いが、仕方ない。ついでに途中で一つ仕事を片付けるとしよう」
手土産代わりと呼ぶには、多少血腥いが。世の中は常に不条理に満ちている。それは公爵家の当主ならば理解するはずだ。フェルナンは文官だった。身を護る程度の剣術は嗜むが、専門は経理だ。真面目に仕事をこなし、その誠実さには定評があった。
仕事一筋で妻も娶らず、跡取りは甥と定めたある日……あるご令嬢の勘違いで人生のすべてを台無しにされた。王宮の片隅ですれ違ったご令嬢が、襲われそうになったと騒ぎ立てたのだ。美しく着飾った令嬢と擦れ違ったのは覚えている。
触れることもなく、脇に避けて擦れ違った。両手は書類で塞がり、彼女に手を触れることなど不可能だったが……相手は伯爵令嬢だった。侯爵家の婚約者である彼女は涙を浮かべて私を糾弾した。だが捜査の結果、勘違いであると判明する。
両手に書類を抱えた私が道を譲った姿を複数の侍女やご令嬢が目撃していた。婚約者の侯爵子息は、婚約者の名誉を守ると言う名目で事件をうやむやにした。振り上げた拳を降ろせなかったのだろう、私は騒がせた罪とやらで職と爵位を奪われたのだ。
マリュス侯爵家――その男は伯爵令嬢を妻に迎え、家は繁栄を極めている。かの家の娘が修道院へ送られたと聞いた。噂は裏社会に出回っており、前回の仔細も簡単に耳に入る。あの女の娘はそっくりに育ったようだ。ならば処分してしまおう。
これが身勝手な復讐であっても構わない。実際、私は財産も家もすべてを失った。家族にも縁を切られたのだ。この程度の報復は許されるはず。
配下に分配金を渡すと、数人を引き連れてマリュス侯爵領へ向かった。かの地に修道院は二つだけ。侯爵家の娘が預けられたなら、噂になるだろう。すぐに見つかる。
――数日後、修道院が賊に襲撃された話が広まった。まだ若い新入りの修道女が一人、無残な姿で見つかる。彼女の名は明かされなかった。それ以外の被害はなく、犯人はいまだ捕まっていない。
人の口をいくつも伝わり、ようやく噂がフォンテーヌ公爵家に届く頃……義足で頬に傷のある男が文官として採用された。有能な彼はすぐに公爵クロードや元宰相ジョゼフに重用され、その才能を遺憾なく発揮した。
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