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本編
45.約束は果たしました
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強盗や殺人などの凶悪事件が増える。外部から新たな難民や移民を受け入れることは、その危険を孕んでいた。理解していたが、各公爵家は予想より多い事件報告に首を傾げる。
流れ込んだ一部の民に対し、元から公爵領に住む住民が苦言を呈した。仕事をせず酒を飲んで暴れ、他人の物を盗み、危害を加える。それは領民にとって許しがたい行為だった。そのため移民や難民に対して、最初から疑惑の目を向ける者が現れる。
疑われるから仕事を得られず、貧しくなり罪を犯す。そのたびに周囲から締め付ける。完全なる悪循環だった。堪えきれなくなったのか、リュフィエ公爵領が新たな難民の受け入れを停止する。他の公爵領へと逃げる民の数が増え、モーパッサン公爵領もお手上げとなった。
もっとも豊かなフォンテーヌ公爵領を目指す者が増える中、ヴォルテーヌ公爵家は堪えて受け入れを増やしていく。その陰に帝国の協力があった。フォンテーヌ公爵家への負担を減らすため、カールハインツ皇太子の打った手が功を奏する。
ジュベール王国は事実上崩壊し、隣国バルリング帝国はかつて小国があった領土を取り戻した。これにより、併合した地域の民を保護する名目が立つ。フォンテーヌ公爵クロードの狙いはこれだった。
帝国との軋轢の原因になった小国の土地は、かつて皇妃となった王女の名のもとに返還すればいい。治めきれない領地を必死に守る必要はなかった。帝国にしても領民を懐柔して取り込む計画を進行中だった。労せず土地が引き渡されるなら、今後帝国民となる住民の受け入れは積極的に行う。
領地を接するヴォルテーヌ公爵領へ支援することで、住民を小国の土地へと流した。新たな土地と仕事、安全が確保されれば、民にとって帝国でも王国でも大差ない。逃げ込んだ民は定住場所を選び、徐々に土地へ馴染んでいった。
「これで約束は果たしました、義伯父上」
ジュベール王国は解体する。ゆえに民の受け入れを望む。対価として小国があった土地を差し出す。それだけの短い文章を隠して送ったフォンテーヌ公爵の意思は、帝国にとって最良の申し出だった。戦もせず、奪われた小国を民ごと受け入れる。領土が増える帝国にとって損はなかった。
皇帝である父を説得した皇太子カールハインツは、国境付近まで自ら出向いて采配を揮う。義務を果たさぬ皇族に権利はないからだ。その覚悟を見定めたヴォルテーヌ公爵は、己の引き際を悟った。この日から数ヵ月後に、ヴォルテーヌ公爵家は帝国にて侯爵位を賜り、王国から離脱することとなる。
急激に書き換えられる地図の上で、人々はまだ踊り続けていた。
「予定より早いが、討伐に乗り出す」
騎士に号令をかける兄を、不安そうに見守る妹。コンスタンティナへ手を振って、兄シルヴェストルは賊の討伐に動く。凶悪な事件が増えることは想定していた。だが早すぎる。移民や難民から賊になった者らに、結束力などない。にも関わらず、彼らの動きは迅速だった。
誰かが指揮を執り、不満を煽ったに違いない。民を混乱と恐怖に陥れた賊を討伐することは、管理者である公爵家の役割だ。多くの兵と騎士を連れた息子を見送る父が、妻によく似た娘の不安を和らげる。
「問題ない、あれでシルは強い」
「分かっております」
それでも不安なのだ。そう匂わせる彼女を戦から遠ざけるように、クロードは娘を屋敷の中へ戻した。小さくなる息子の背に、ぽつりと呟く。前夜にも同じ言葉を彼に告げた。
「こちらの守りはわしが固める。安心しろ」
流れ込んだ一部の民に対し、元から公爵領に住む住民が苦言を呈した。仕事をせず酒を飲んで暴れ、他人の物を盗み、危害を加える。それは領民にとって許しがたい行為だった。そのため移民や難民に対して、最初から疑惑の目を向ける者が現れる。
疑われるから仕事を得られず、貧しくなり罪を犯す。そのたびに周囲から締め付ける。完全なる悪循環だった。堪えきれなくなったのか、リュフィエ公爵領が新たな難民の受け入れを停止する。他の公爵領へと逃げる民の数が増え、モーパッサン公爵領もお手上げとなった。
もっとも豊かなフォンテーヌ公爵領を目指す者が増える中、ヴォルテーヌ公爵家は堪えて受け入れを増やしていく。その陰に帝国の協力があった。フォンテーヌ公爵家への負担を減らすため、カールハインツ皇太子の打った手が功を奏する。
ジュベール王国は事実上崩壊し、隣国バルリング帝国はかつて小国があった領土を取り戻した。これにより、併合した地域の民を保護する名目が立つ。フォンテーヌ公爵クロードの狙いはこれだった。
帝国との軋轢の原因になった小国の土地は、かつて皇妃となった王女の名のもとに返還すればいい。治めきれない領地を必死に守る必要はなかった。帝国にしても領民を懐柔して取り込む計画を進行中だった。労せず土地が引き渡されるなら、今後帝国民となる住民の受け入れは積極的に行う。
領地を接するヴォルテーヌ公爵領へ支援することで、住民を小国の土地へと流した。新たな土地と仕事、安全が確保されれば、民にとって帝国でも王国でも大差ない。逃げ込んだ民は定住場所を選び、徐々に土地へ馴染んでいった。
「これで約束は果たしました、義伯父上」
ジュベール王国は解体する。ゆえに民の受け入れを望む。対価として小国があった土地を差し出す。それだけの短い文章を隠して送ったフォンテーヌ公爵の意思は、帝国にとって最良の申し出だった。戦もせず、奪われた小国を民ごと受け入れる。領土が増える帝国にとって損はなかった。
皇帝である父を説得した皇太子カールハインツは、国境付近まで自ら出向いて采配を揮う。義務を果たさぬ皇族に権利はないからだ。その覚悟を見定めたヴォルテーヌ公爵は、己の引き際を悟った。この日から数ヵ月後に、ヴォルテーヌ公爵家は帝国にて侯爵位を賜り、王国から離脱することとなる。
急激に書き換えられる地図の上で、人々はまだ踊り続けていた。
「予定より早いが、討伐に乗り出す」
騎士に号令をかける兄を、不安そうに見守る妹。コンスタンティナへ手を振って、兄シルヴェストルは賊の討伐に動く。凶悪な事件が増えることは想定していた。だが早すぎる。移民や難民から賊になった者らに、結束力などない。にも関わらず、彼らの動きは迅速だった。
誰かが指揮を執り、不満を煽ったに違いない。民を混乱と恐怖に陥れた賊を討伐することは、管理者である公爵家の役割だ。多くの兵と騎士を連れた息子を見送る父が、妻によく似た娘の不安を和らげる。
「問題ない、あれでシルは強い」
「分かっております」
それでも不安なのだ。そう匂わせる彼女を戦から遠ざけるように、クロードは娘を屋敷の中へ戻した。小さくなる息子の背に、ぽつりと呟く。前夜にも同じ言葉を彼に告げた。
「こちらの守りはわしが固める。安心しろ」
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