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本編
37.この程度で終わらせる気はない
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叩き壊される扉の音は大きく響いた。
王都脱出の準備を整えた者は、我先にと逃げ出す。まるでこの合図を待っていたように、王都から各地へ向かう街道は人が溢れた。混雑する道の先は、四大公爵家の領地だ。人気が高いフォンテーヌ公爵領へ向かう道はほぼ動けない状態だった。
犇めく馬車同士がぶつかる有様で、各公爵家から派遣された兵士が渋滞緩和のために整理を始める。大人しく従う民は、王都を囲む塀から出たことに安堵していた。ここには公爵家が派遣した兵士がいて、守ってもらえる。まだ公爵領に入っていないが、王都に残るよりはるかに安全だと考えた。
破られた扉の奥へ転がり込んだ騎士の後ろから、ゆったりと王太子が足を踏み入れる。薄暗くカビ臭い地下は湿っており、小さな虫やネズミが足元で蠢いた。やや寒い温度に身を震わせた王太子の耳に、どん、と何かが倒れる音が聞こえる。振り返る前に、状況は理解できた。
この地下に自分達以外の人間はいない。
上から差し込んでいた光がすべて絶たれた。この地下に閉じ込められたという意味だ。だが王太子アンドリューはさほど心配していなかった。騎士は常に分散し、各所に気を配るものだ。そういう訓練をされるのだから、全員閉じ込められるわけがない。外に残った騎士がすぐに開けるはずだ。
「遅いな」
後で叱らなくてはならないか。王太子である俺を捕まえる敵と交戦中だとしても、役割分担してまず助けるべきだ。眉を顰めた王太子の耳に、思わぬ言葉が届いた。
「どうする?」
「おい、誰か残ったのか?」
「いや……全員いるだろ」
「叫んだら聞こえるかも知れないぞ」
暗くて人の顔も見えない状況で人数の確認は出来ない。だが、暗くなる前の光景を思い浮かべ……アンドリューは青褪めた。本当に全員降りたのか? 誰も見張り役を残さず、連れてきた騎士すべて?
「い、急いで扉を壊せ! 早くしろ」
叫んで命じるも、真っ暗な中で動けば人同士がぶつかる。誰かに突き飛ばされ、王太子は泥と湿気で汚れた床に倒れた。そこを踏みつけにする足、蹴飛ばす靴に呻く。どちらが出入口かも分からず動き回った結果、騎士は方角すら見失った。
何も見えない場所で、出られる目算もなく……人はどれだけの間、正気を保っていられるのか。
「しばらく閉じ込めておけ」
それだけを命じ、フォンテーヌ公爵クロードは馬首を手綱で操って背を向ける。ワトー男爵は彼の背に深々と頭を下げた。ワトー男爵が家を空けたのは、息子の愚行と王太子の行動をクロード達に密告するためだ。
宰相ジョゼフと一緒に持ち出した王家の書類を運ぶ馬車の群れに合流し、クロードは口角を持ち上げる。久しぶりに気分がいい。帰ったら、愛娘とゆっくり過ごそう。
「楽しそうですね」
宰相ジョゼフも馬車ではなく、騎乗していた。街中で突然ワトー男爵に呼び止められた時は眉を顰めたが、思わぬ収穫に彼の口元も緩む。
「お前もだ。なに、少し痛い目を見せるだけの話。この程度で終わらせる気はない」
学友として築いた信頼は、敵対することで前回崩れ去った。新たに構築する信頼関係はまだ強固とは呼べない。だが、盟友としての関係はすでに固まりつつあった。
王都脱出の準備を整えた者は、我先にと逃げ出す。まるでこの合図を待っていたように、王都から各地へ向かう街道は人が溢れた。混雑する道の先は、四大公爵家の領地だ。人気が高いフォンテーヌ公爵領へ向かう道はほぼ動けない状態だった。
犇めく馬車同士がぶつかる有様で、各公爵家から派遣された兵士が渋滞緩和のために整理を始める。大人しく従う民は、王都を囲む塀から出たことに安堵していた。ここには公爵家が派遣した兵士がいて、守ってもらえる。まだ公爵領に入っていないが、王都に残るよりはるかに安全だと考えた。
破られた扉の奥へ転がり込んだ騎士の後ろから、ゆったりと王太子が足を踏み入れる。薄暗くカビ臭い地下は湿っており、小さな虫やネズミが足元で蠢いた。やや寒い温度に身を震わせた王太子の耳に、どん、と何かが倒れる音が聞こえる。振り返る前に、状況は理解できた。
この地下に自分達以外の人間はいない。
上から差し込んでいた光がすべて絶たれた。この地下に閉じ込められたという意味だ。だが王太子アンドリューはさほど心配していなかった。騎士は常に分散し、各所に気を配るものだ。そういう訓練をされるのだから、全員閉じ込められるわけがない。外に残った騎士がすぐに開けるはずだ。
「遅いな」
後で叱らなくてはならないか。王太子である俺を捕まえる敵と交戦中だとしても、役割分担してまず助けるべきだ。眉を顰めた王太子の耳に、思わぬ言葉が届いた。
「どうする?」
「おい、誰か残ったのか?」
「いや……全員いるだろ」
「叫んだら聞こえるかも知れないぞ」
暗くて人の顔も見えない状況で人数の確認は出来ない。だが、暗くなる前の光景を思い浮かべ……アンドリューは青褪めた。本当に全員降りたのか? 誰も見張り役を残さず、連れてきた騎士すべて?
「い、急いで扉を壊せ! 早くしろ」
叫んで命じるも、真っ暗な中で動けば人同士がぶつかる。誰かに突き飛ばされ、王太子は泥と湿気で汚れた床に倒れた。そこを踏みつけにする足、蹴飛ばす靴に呻く。どちらが出入口かも分からず動き回った結果、騎士は方角すら見失った。
何も見えない場所で、出られる目算もなく……人はどれだけの間、正気を保っていられるのか。
「しばらく閉じ込めておけ」
それだけを命じ、フォンテーヌ公爵クロードは馬首を手綱で操って背を向ける。ワトー男爵は彼の背に深々と頭を下げた。ワトー男爵が家を空けたのは、息子の愚行と王太子の行動をクロード達に密告するためだ。
宰相ジョゼフと一緒に持ち出した王家の書類を運ぶ馬車の群れに合流し、クロードは口角を持ち上げる。久しぶりに気分がいい。帰ったら、愛娘とゆっくり過ごそう。
「楽しそうですね」
宰相ジョゼフも馬車ではなく、騎乗していた。街中で突然ワトー男爵に呼び止められた時は眉を顰めたが、思わぬ収穫に彼の口元も緩む。
「お前もだ。なに、少し痛い目を見せるだけの話。この程度で終わらせる気はない」
学友として築いた信頼は、敵対することで前回崩れ去った。新たに構築する信頼関係はまだ強固とは呼べない。だが、盟友としての関係はすでに固まりつつあった。
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