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本編

28.私は認められていたのね

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「コンスタンティナ公爵令嬢の知識レベルは高く、私がお教えすることはございません」

「マナーもダンスも申し分ありません。時々体を動かす程度に踊られてはいかがでしょうか」

 遠回しに教師たちが辞任を申し出る。前回の記憶を持ったまま、13歳の体に入ったのだから当然かも知れない。完璧な人形姫――その知識量は何も変わらず、マナーや作法も覚えている。そもそも礼儀作法は幼い頃から身に付けていた。公爵令嬢として当然の嗜みだ。

 ダンスに関してはまだ足元が怪しいが、ステップは記憶にあるし体は動こうとする。足がついて行かないことがあるけれど、お兄様が相手役を務めてくれたら問題なかった。そこで各教師が辞任したいと言い出したのだ。困惑したが動かない表情で見上げると、微笑んだ兄は優しく撫でてくれた。

 汗で額に落ちた髪が貼り付くのを、指先でふわりと戻しながら頷く。

「今までご苦労だった。他の貴族家への紹介状を書こう。貴殿らの努力と才能に感謝する」

 事実上の修了だ。公爵令嬢を一人前に育てた実績があれば、他の貴族家はこぞって迎え入れるだろう。私も先生方に最後のカーテシーを披露した。

「いままで、ありがとうございました。先生方の教えに恥じない令嬢であることを誓いますわ」

 それぞれ何かに特化した貴族家のご令嬢やご子息で、嫡男でなければ王宮に勤めるか、高位貴族家の教育係を目指す。優秀な方々であることはもちろん、人格も厳しくチェックされるので、推薦状や紹介状は必須だった。今後は私の方が地位が上なので、先生方にカーテシーを披露することはない。

 引いた足を戻して背を伸ばした私の前で、今度は先生方がカーテシーで挨拶をする。兄が解任を決め、私がお礼を言った時点で立場は逆転した。礼儀正しく、厳しく、優しく。王家の教育についていけたのも、この方々の教えがしっかりしていたから。

 前回の分も込めてお礼を言った後、お兄様のエスコートで部屋を出ようとした。その後ろから、震える声が私を呼ぶ。ダンスと歩き方を担当したバロー子爵家の未亡人アデールだった。

「フォンテーヌ公爵令嬢コンスタンティナ様、あの日お助けできず……申し訳ございませんでした。我が子と参加しておりました。今回はどうぞ、どうぞお幸せに」

 涙ぐんで声を詰まらせながらそれだけ言うと、最後に不躾に上位者に声を掛けたことを詫びた。平伏する彼女の隣で、読書の楽しさを教えてくれたミッサ男爵夫人も裾を捌いて膝を突いた。

「ご無礼をお許しください。聡明な公爵令嬢の輝かしい未来をお祈りしております。私もあの場におりましたが、恐ろしくて動けませんでした。誠に申し訳ございません」

「フォンテーヌ公爵令嬢の幸せは女神様のお望みですわ。やり直す人生が素晴らしいものでありますように」

 礼儀作法を厳しく叩き込んだペール伯爵夫人が、王族に対する最敬礼で声を重ねた。驚きで固まった私は、次に湧き上がった嬉しさと幸福感に満たされる。こんなに認めてもらえていた。私は一人ではない。幸せを祈ってくれる人がいる。

 ぎこちなくも動かした表情は微笑みを作り、見惚れた夫人方は微笑み返してくれた。その頬に伝う涙が、自分に向けられた愛情の表れと受け取る。

「やはりティナは笑っているのが似合う」

 そう呟いた兄の声と指先が震えた。心配をかけているのね。兄の指先に触れて、まだ完璧ではない微笑みで寄り添った。
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