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本編
26.沈みゆく舟の内側で
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なぜだ? 税収は下がる一方で、王家直轄領から逃げ出す領民が一気に増えた。いくら土地があっても耕す民がいなければ、ただの荒れ地だ。何より王都から別の領地へ移住する希望者も出ていると聞いた。螺旋状に王宮を取り囲む王都は、ジュベール国の中心なのに、だ。
商売を営む者は人が多い地域を望むのが普通で、各領地の優秀な若者もこぞって王都を目指す。それが当たり前だろう。なのに逃げ出すなど異常事態だった。
騎士や侍女などの使用人に関しても同様だ。前回の騒動は5年も先の話で、まだ起きていない。起きないように手を打っているのに、逃げ出すとは忠誠心の欠片もなかった。あんな連中は後で泣きついても雇わぬよう、執事にきつく言い渡す。
国王ウジェーヌは苛立ちながら、届いた手紙を確認した。どうでもいい差出人ばかりが並ぶ。おかしい、あの公爵家が動かぬのか? 何らかの手でこちらに連絡を寄越すかと思ったが。王妃がすでに手紙を送ったと聞いている。返信は家臣の義務であろう。
ウジェーヌは妻であるコレットが手紙を書いたなら、自分は書かないのが当たり前だと考えた。王妃は国王の代理人たる権限を持つ、貴族女性の最高位だ。そのコレットが手ずから謝罪を書き綴れば、国王が頭を下げずとも済む。
国の頂点に君臨する王が、簡単に頭など下げられるか。その点、コレットは心得ている。王たる我が謝罪せず済むよう、先手を打ったのだから。他国の王族に断られ続け、自国内で選んだ王妃だがなかなかに使える女だった。
執務室の大量の書類にうんざりしながら、ベルを鳴らして執事を呼ぶ。
「お呼びでしょうか」
「フォンテーヌからの手紙以外は、すべてお前が処理しろ。それと新たな騎士団の結成はどうなっている? 侍女の追加はまだか」
騎士団がなければ、ドロテの捕獲の手が足りない。侍女がいなければドレスが着られないと、今朝も王妃に嘆かれたばかりだった。ドレスの新調を許可したら機嫌は直ったが。
「順を追ってご説明いたします。フォンテーヌ公爵家からのお返事は、現時点で確認できておりません。騎士団はほとんどの騎士が職を辞した後新たな応募者がなく、定員にはまだ大幅に人数が足りません。また侍女も同様です」
「どのくらい足りないのだ?」
ちらりと執事は横の書類の山を確認する。あの中に報告が入っているのだが、目を通していないのは確実だった。処理待ちの書類を片付けない主君に諦めの息を吐き出す。
「新規の応募は誰もございません」
以前より給与を上げた。待遇や休日などの条件も大幅に改善した。それでも新たな応募は誰一人なかった。貴族階級はともかく、平民まで門戸を広げても同様だ。告知を出してすでに一週間、執事は薄々ながら事情を察した。
すでに平民まで噂が回ったと考えるべきだ。国王が執務室でふんぞり返り、王妃が新しいドレスを注文している間に、王宮を退いた下級貴族が噂を広めた。王家は沈みゆく泥舟であり、関わるのは危険だと。その判断は正しい。
代々仕えてきた王家に、最後まで寄り添うべきと思って我慢してきたが……私は決断を誤ったかもしれませんね。執事は怒鳴り散らす国王を見ながら、他人事のようにそう考えた。
商売を営む者は人が多い地域を望むのが普通で、各領地の優秀な若者もこぞって王都を目指す。それが当たり前だろう。なのに逃げ出すなど異常事態だった。
騎士や侍女などの使用人に関しても同様だ。前回の騒動は5年も先の話で、まだ起きていない。起きないように手を打っているのに、逃げ出すとは忠誠心の欠片もなかった。あんな連中は後で泣きついても雇わぬよう、執事にきつく言い渡す。
国王ウジェーヌは苛立ちながら、届いた手紙を確認した。どうでもいい差出人ばかりが並ぶ。おかしい、あの公爵家が動かぬのか? 何らかの手でこちらに連絡を寄越すかと思ったが。王妃がすでに手紙を送ったと聞いている。返信は家臣の義務であろう。
ウジェーヌは妻であるコレットが手紙を書いたなら、自分は書かないのが当たり前だと考えた。王妃は国王の代理人たる権限を持つ、貴族女性の最高位だ。そのコレットが手ずから謝罪を書き綴れば、国王が頭を下げずとも済む。
国の頂点に君臨する王が、簡単に頭など下げられるか。その点、コレットは心得ている。王たる我が謝罪せず済むよう、先手を打ったのだから。他国の王族に断られ続け、自国内で選んだ王妃だがなかなかに使える女だった。
執務室の大量の書類にうんざりしながら、ベルを鳴らして執事を呼ぶ。
「お呼びでしょうか」
「フォンテーヌからの手紙以外は、すべてお前が処理しろ。それと新たな騎士団の結成はどうなっている? 侍女の追加はまだか」
騎士団がなければ、ドロテの捕獲の手が足りない。侍女がいなければドレスが着られないと、今朝も王妃に嘆かれたばかりだった。ドレスの新調を許可したら機嫌は直ったが。
「順を追ってご説明いたします。フォンテーヌ公爵家からのお返事は、現時点で確認できておりません。騎士団はほとんどの騎士が職を辞した後新たな応募者がなく、定員にはまだ大幅に人数が足りません。また侍女も同様です」
「どのくらい足りないのだ?」
ちらりと執事は横の書類の山を確認する。あの中に報告が入っているのだが、目を通していないのは確実だった。処理待ちの書類を片付けない主君に諦めの息を吐き出す。
「新規の応募は誰もございません」
以前より給与を上げた。待遇や休日などの条件も大幅に改善した。それでも新たな応募は誰一人なかった。貴族階級はともかく、平民まで門戸を広げても同様だ。告知を出してすでに一週間、執事は薄々ながら事情を察した。
すでに平民まで噂が回ったと考えるべきだ。国王が執務室でふんぞり返り、王妃が新しいドレスを注文している間に、王宮を退いた下級貴族が噂を広めた。王家は沈みゆく泥舟であり、関わるのは危険だと。その判断は正しい。
代々仕えてきた王家に、最後まで寄り添うべきと思って我慢してきたが……私は決断を誤ったかもしれませんね。執事は怒鳴り散らす国王を見ながら、他人事のようにそう考えた。
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