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本編

25.一人歩きする独り言

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 数日後、王太子アンドリューは少なくなった騎士を連れて街に降りた。最愛のドロテをこの手に抱くためだ。出会ったのは彼女が17歳の頃、現在は13歳だろう。婚約者コンスタンティナと同じ年齢にもかかわらず、表情豊かで愛らしい子だ。

 きっと街でも評判の美少女に違いない。すぐに見つかるさ。平民は記憶を持たないから、王太子であるアンドリューに好意的なはずだった。だが誰に聞いても口を閉ざす。顔を見合わせて首を横に振る仕草から、誰かが余計な噂を広めたのかと眉を顰めた。

 犯人を見つけて不敬罪で処刑してやる。そう思うのだが、街の人々の口は堅かった。噂の内容すら聞こえてこない。だが向けられる視線は不愉快なものばかりだった。町中の全員を処分しろと命じても、兵や騎士の数が足りなくて無理だ。

 不愉快さに耐えながら、ドロテを探し回った。協力しない店舗や住人を幾人か見せしめに牢へ放り込んでみたが、何も変わらない。それどころか抗議の声が殺到して、即日釈放するしかない。王家に対して人々がこんなに反抗的な態度を見せたことは、前回はなかった。

 何かがおかしい。

 常に眉根を寄せて歩くアンドリューを、公爵家嫡男シルヴェストルは鼻で笑った。

「あのバカは、まだ続けているのか」

「そのようです」

 侍従とともに入ったカフェの二階から、王太子を見下ろしながらシルヴェストルは新たな噂の種を振りまく。わざと聞こえるように、王太子の噂をばら撒くのだ。誰が言ったか犯人が分からないのは、噂を広める人々が盗み聞きをしているから。貴族の話に耳を傾けて、その内容をぺらぺら喋るなんて普通はない。だが当人がそれを許す発言をしたなら、話は別だった。

「王家は、我がフォンテーヌ公爵家から年間予算の数倍に当たる金を借りている。いつ返してくれるのか、国庫は空だと聞いたぞ。このままでは増税間違いないな。おや……あそこを歩くのは王太子殿下ではないか。徴収のために、女子どもを物色しているのではあるまいな?」

 真実に、わずかの疑いを混ぜる。増税や物色などの単語に、民は敏感に反応した。それも口にしたのが筆頭公爵家の跡取りである。優秀で品行方正、曲がったことは嫌いな貴公子の言葉に誰もが耳を傾けた。

「若い女は逃げた方がいいだろう。あの王太子は、我が妹を殺し、さらに平民の娘を嬲り殺したのだから」

 事実なのだが、かなり歪曲した見方だった。だが平民に記憶はない。前回と呼ばれる単語は、すでに王都に広まっていた。物語や神話のように、あっという間に人々の意識に刷り込まれていく。その手法はシルヴェストルのような貴族階級ではなく、平民出身の使用人の口から広めるというもの。

 貴族同士の権力闘争に巻き込まれたくない平民は、賢い者ほど口を噤む。だが平民同士の会話はその危険が回避できるため、あっという間に浸透した。この辺りはクロードの作戦勝ちだ。噂は人数を経るごとに大げさに、より残酷に脚色されるものだった。

 王太子に関する噂は不敬罪が適用されるので、人々は平民同士以外では口を閉ざした。広めた張本人は大きな声で独り言が漏れたに過ぎないため、もし言及されてもしらを切り通す。周囲はすでに固められつつあり、後手後手に回る王家に勝ち目はなかった。
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