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本編

19.真実が新たな悲劇をもたらす

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 前回の記憶をもって目覚めた朝、真っ先に確認したのは日付だった。朝の身支度に訪れた侍女は不思議そうにしながらも、5年前の日付を口にする。その日が何を意味するのか考えたが思い浮かばず、男爵夫人は手早く支度を終えた。

 高位貴族の奥方のように、動きづらいほど着飾る必要はない。元子爵家のご令嬢だったリゼットは、オーベルニ男爵家へ嫁いだ。年の離れた夫はすでに亡く、財産のほとんどは女神様の神殿に寄付している。婚約してから結婚し、彼が亡くなるまでの10年余り。とても良い夫だった。

 賭博や女遊びに手を出すことはなく、酒も嗜む程度。膨大な財産はないが、生きていくのに困らないだけの貯蓄もあった。娘ほどに年の離れたリゼットを愛し、可愛がり、幸せな日々が続く。ある日、夫は突然の病に倒れた。そこからは僅か二週間程度で二度と帰らぬ人となる。

 若くして未亡人となったリゼットを後妻に娶ろうとする男性に辟易し、彼女は世捨て人のように欲を絶った。夫が熱心に通っていた女神様の神殿に財産の大半を寄付し、自らの生活費は王宮の侍女として稼ぐ。遺産がなくなったことで言い寄る男性を排除できたし、王宮に勤める間は家族以外の面会も拒絶出来た。

 リゼットにとって、王宮の侍女は天職だった。高位貴族が多い王宮で侍女を口説く不埒者は少なく、仕事の内容も男爵夫人となれば上級使用人である。手が荒れる下働きは免除された。給金もよく、衣食住の心配がない職場に満足している。

 だが、手早く書いた辞職届を握り締め、彼女は歩を進める。5年前に戻された意味はわからない。もっと前の夫が倒れる前に戻れたら、そう思った。戻った5年間に意味がある。女神様がそう決めたのであれば、安らかに眠るであろう夫を望むのは不遜だった。

 国王に呼ばれた執事がまだ戻らない執務室には、大量の辞職届が積まれた。その上にそっと自分の辞職届を重ねる。後ろから入ってきた若い侍女も目を見開いた後、一礼して辞職届を置いた。

「あなたも、覚えているの?」

 不自然に擦れる声に、若い侍女は「はい、あの日の不幸を目撃した同僚は同じでしょう」と返した。大部屋の侍女達はすでに同僚と、意見交換が終わったらしい。ならば女神様のご意思はひとつ。前回の不幸を二度と繰り返さないこと。そのために私達は行動を起こさなくてはならない。

 会釈して執務室を出ると、用意した荷物をもって王宮から出た。オーベルニ男爵家の屋敷はまだ残っている。優しい夫の思い出をそのまま保存していたが、これも夫からの贈り物だろう。彼女は屋敷に戻ると着替え、神殿に向かった。

 夫が信じた女神様の神殿で起きた、祈りの拒絶――のちに冤罪が証明された公爵令嬢の弔いは、フォンテーヌ公爵領の神殿で執り行われたと聞く。武勇を誇るオードラン辺境伯が首を刎ねる前に、神官に会わなくてはならない。

 公爵令嬢コンスタンティナ様は無実にも関わらず首を刎ねられた。神官は王宮で起きた事実を知らずに拒絶したのでしょう。ならば知っていればいい。事前に真実を知らせ悲劇を防ぐことが、私が女神様に託された役目です。そう強く信じて神殿に足を踏み入れた。

 新たな悲劇をもたらすとも知らず……彼女はを神官に告げた。
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