上 下
59 / 100

59.聖女の役割が漠然としていました

しおりを挟む
 聖獣達も「女神様」としか呼ばないから、お名前は知らなかった。他に神様が降臨しないので、それで通じるみたい。困ったら呼んでねと気安く言われたけど、普段は呼ぶことないかな。

 丸くなった黒狼コウに包まれながら、私はぼんやりと贅沢な時間を過ごしていた。というのも、夜会の準備はまだ始まらない。だけど、皇帝夫妻のアゼスやリディは呼ばれて行ってしまった。

 エルは一度領地に帰って仕事を片付けると言ってたし、アランも似た感じ。駆け込みで入った仕事を処理していた。少し離れた机で書類処理をするアランは、メガネに似た道具を使ってる。片眼鏡っていうの? あれに似てるな。映画で観た程度だから仕組みはよくわかんないけど。

 侍女のお姉さん達が「入浴のお時間です」と呼びに来るまで、私はコウと微睡むの。子どもの頃はこういう過ごし方って、もったいないと思っていた。でも就職して働いたら理解できたんだよね。どうして世の中のお父さん達が、日曜日なのにだらだらとテレビの前に転がってるか。

 何かしなくちゃいけないんだけど、動きたくない。あの感覚は、大人になって同じ立場でようやく理解できた。昔、お父さんに「遊びに連れて行け」と騒いだの、悪かったなと思ったもの。

「サラは変わってますね」

 ふふっと笑うアランに、今のだらだらした考えが聞こえていたのだと気づく。ちょっと恥ずかしい。でも本音だから嘘ついても仕方ないよ。

 狼の黒い毛皮は硬いイメージだったけど、ふわっふわ。外側にしっかりした毛はあるんだけど、手を入れると根本に近い部分はすごく細い毛がいっぱいだった。あれだね、羽毛の根元のふわふわに似てる。指も顔も埋めたいけど、窒息するから顔は我慢した。

「アランとリディは、どうして私を拾ったの?」

 聖女降臨の予感がした。ケイトウ国に来た理由は聞いている。執事の真似事してたのも賭けの結果でしょ? でも私を拾う必要はなかった気がする。アランやリディと契約したから、この世界で私は聖女になった。

 この子は無理、と判断されていたら。孤児院に入れられるか、頑張って働くしかないと思う。盗みは嫌だし、物乞いもちょっと。想像するのも恐ろしい状況になったかも。

「我々との契約前でも、あなたは聖女の輝きを放っていましたよ。無視する選択肢はありません」

 その言葉に、なぜか鼻の奥がツンとした。見捨てることはないと言い切ったアランの声に、迷いがなかったから。心細かったあの時、当たり前のように手を差し伸べてもらえたこと。どれだけ嬉しかったか。

「ありがと、ね」

「いえ。当然ですよ。こうして一緒にいられるのが、本当に嬉しいですから。サラは私達にとって理想の聖女です」

 理想の聖女か、なら何かしないとね。

「この世界の聖女って、何をするの? 闇を浄化したり、魔王を退治したり、誰かを助けたり?」

「サラがいた世界の聖女は、随分と忙しいのですね。我々の世界で聖女は象徴です。幸せを具現化したのが聖女なので、あなたが何かを成すというより……そうですね、幸せでいることが聖女の役目でしょうか」

 ラノベで思い付いた役目を並べたら、幸せになることですと訂正された。そんなんでいいのかな。コウがくーんと鼻を鳴らす。撫でたところへ、ノックの音が聞こえた。甘えたんじゃなくて、誰かが呼びに来たと知らせてくれたのね。
しおりを挟む
感想 252

あなたにおすすめの小説

愛人がいらっしゃるようですし、私は故郷へ帰ります。

hana
恋愛
結婚三年目。 庭の木の下では、旦那と愛人が逢瀬を繰り広げていた。 私は二階の窓からそれを眺め、愛が冷めていくのを感じていた……

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264) 「アゼリア・フォン・ホーヘーマイヤー、俺はお前との婚約を破棄する!」 「王太子殿下、我が家名はヘーファーマイアーですわ」  公爵令嬢アゼリアは、婚約者である王太子ヨーゼフに婚約破棄を突きつけられた。それも家名の間違い付きで。  理由は聖女エルザと結婚するためだという。人々の視線が集まる夜会でやらかした王太子に、彼女は満面の笑みで婚約関係を解消した。  王太子殿下――あなたが選んだ聖女様の意味をご存知なの? 美しいアゼリアを手放したことで、国は傾いていくが、王太子はいつ己の失態に気づけるのか。自由に羽ばたくアゼリアは、魔王の溺愛の中で幸せを掴む!  頭のゆるい王太子をぎゃふんと言わせる「ざまぁ」展開ありの、ハッピーエンド。 ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2021/08/16  「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過 ※2021/01/30  完結 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
 婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!  ――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。 「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」  すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。  婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。  最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ ※2022/05/10  「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過 ※2022/02/14  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2022/02/13  小説家になろう ハイファンタジー日間59位 ※2022/02/12  完結 ※2021/10/18  エブリスタ、ファンタジー 1位 ※2021/10/19  アルファポリス、HOT 4位 ※2021/10/21  小説家になろう ハイファンタジー日間 17位

誰にも愛されずに死んだ侯爵令嬢は一度だけ時間を遡る

ファンタジー
癒しの能力を持つコンフォート侯爵家の娘であるシアは、何年経っても能力の発現がなかった。 能力が発現しないせいで辛い思いをして過ごしていたが、ある日突然、フレイアという女性とその娘であるソフィアが侯爵家へとやって来た。 しかも、ソフィアは侯爵家の直系にしか使えないはずの能力を突然発現させた。 ——それも、多くの使用人が見ている中で。 シアは侯爵家での肩身がますます狭くなっていった。 そして十八歳のある日、身に覚えのない罪で監獄に幽閉されてしまう。 父も、兄も、誰も会いに来てくれない。 生きる希望をなくしてしまったシアはフレイアから渡された毒を飲んで死んでしまう。 意識がなくなる前、会いたいと願った父と兄の姿が。 そして死んだはずなのに、十年前に時間が遡っていた。 一度目の人生も、二度目の人生も懸命に生きたシア。 自分の力を取り戻すため、家族に愛してもらうため、同じ過ちを繰り返さないようにまた"シアとして"生きていくと決意する。

婚約破棄されたので四大精霊と国を出ます

今川幸乃
ファンタジー
公爵令嬢である私シルア・アリュシオンはアドラント王国第一王子クリストフと政略婚約していたが、私だけが精霊と会話をすることが出来るのを、あろうことか悪魔と話しているという言いがかりをつけられて婚約破棄される。 しかもクリストフはアイリスという女にデレデレしている。 王宮を追い出された私だったが、地水火風を司る四大精霊も私についてきてくれたので、精霊の力を借りた私は強力な魔法を使えるようになった。 そして隣国マナライト王国の王子アルツリヒトの招待を受けた。 一方、精霊の加護を失った王国には次々と災厄が訪れるのだった。 ※「小説家になろう」「カクヨム」から転載 ※3/8~ 改稿中

処理中です...