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51.安心しろ、命は奪わん

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「わしは悪くない! 皆が、聖女と……そうだ、魔術師どものせいだ」

「何も知らないわ。後宮から出なかったもの」

 言い訳が並ぶ王子や王女に至るまで、誰もが自分は悪くないと口々に言い放った。異口同音、その聞き苦しい言い訳を、狼の遠吠えが遮る。のしりと一歩踏み出した黒い狼は牙を剥き、威嚇の声を上げた。

「ひっ、ひぃいい!」

 腰が抜けて尻で後ずさる国王の、太った手足がじたばたと動く。夫を盾にして助かろうとする王妃、震えながら逃げ道を探す王子。王女はさっさと失神した。

 愚かにも程がある。このような害虫が国を蝕んだ。宰相や騎士の姿が見えないことから、彼らが王家を見捨てて逃げたのは間違いない。財産のある者はそれでいい。金や資産があれば、逃亡後も生活が可能だからだ。問題は、住む場所を追われたら明日から路頭に迷う民だった。

 過重な徴税に追われ、貯蓄など出来なかったはず。制裁で食料の輸入が止まり、街は大混乱に陥った。そんな民を尻目に、動きにくいドレスを纏い、豪華な宝石類を身に纏った姿は――吐き気がするほど醜い。

「安心しろ、命は奪わん」

 ほっとした顔を見せる王族へ、アゼスは刃に似た鋭い言葉を突き刺した。

「処刑の権利は、民にあるのだからな」

 エルとアランも同意した。彼らも小さいが領地や国を治める君主だ。アゼスほどの苦労を背負い込む気はないが、聖獣である自分達を慕う者くらいは守ろうとしてきた。政の失敗を責める権利を持つのは、税を納めて労働で国を支えた国民のみ。

 言い放たれた言葉の意味を、彼らは理解できないのだろう。高等教育を受けたであろうに、愚者は己に都合のいい教えだけを拾い集めて頭へ詰め込んだ。

 黒い狼は唸りながらも勝手に襲うことはしない。賢い黒狼を撫で、アランが許可を出した。

「一匹だけですよ。食い殺さなければ構いません」

 目を輝かせ、大きく尻尾を振る。それから歓喜の遠吠えを上げた。ダッシュした先は王子だ。悲鳴をあげて逃げる王子を追いかけ回し、手足を噛む。だが噛みちぎったりはしない。咥えて振り回し、上から踏みつけにした。

 獣に襲われる家族の姿に、また哀願の声が聞こえ始めた。それを無視したアランは、王妃の髪を掴んで引き倒す。

「やめっ」

「同じ言葉を、我が主人も口にされたのでしょうね。なんと悍ましい生き物でしょうか。手が汚れてしまう」

 辛辣に罵り、宝石まみれの指を切り落とした。一本ずつ丁寧に、微笑みを浮かべて行う。風が渦巻き、鋭い刃を繰り出した。片手の指を落とし終えたところで、アランは大きく溜め息を吐く。それから分かりやすく嘆いた。

「失敗しました、捻り切ればよかった」

「ほんとだよ。それじゃ痛みも一瞬じゃん」

 エルの苦情を受け、風を操るアランの表情が変わる。黒い笑みを浮かべ、サラに色っぽいと褒められた優雅な所作で王妃の顎を掴んだ。涙と鼻水、涎で汚れ切った顔をじっくり眺め、さらに笑みを深める。

「安心してください。切り落とした右手も、もう一度すり潰させていただきますから」

 まったく安心できない宣言に、王妃は泡を吹いて倒れた。そのまま気絶したままでいられるなら、悪くなかっただろうが。激痛で悲鳴をあげて飛び起きる。太い指の幅より大きな宝石が指ごと切り落とされ、ごろんと転がった。














*********************
【新作】世界を滅ぼす僕だけど、愛されてもいいですか
https://www.alphapolis.co.jp/novel/470462601/174623072
 
愛の意味も知らない僕だけど、どうか殺さないで――。
「お前など産まれなければよかった」
「どうして生きていられるんだ? 化け物め」
「死ね、死んで詫びろ」
投げかけられるのは、残酷な言葉。突きつけられるのは、暴力と嫌悪。孤独な幼子は密かに願った。必死に生きたけど……もうダメかもしれない。誰でもいい、僕を必要だと言って。その言葉は世界最強と謳われる竜女王に届いた。番である幼子を拾い育て、愛する。その意味も知らぬ子を溺愛した。
やがて判明したのは残酷な現実――世界を滅ぼす災厄である番は死ななければならない。その残酷な現実へ、女王は反旗を翻した。
「私からこの子を奪えると思うなら、かかってくるがいい」
幼子と女王は世界を滅ぼしてしまうのか!
 
恋愛要素が少しあるファンタジーです(*ノωノ)
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