19 / 100
19.滅びはスキップで駆け込むもの
しおりを挟む
隣国からの通達に、王家は慌てふためいた。ケイトウ国は食糧の半分近くを輸入に頼っている。穀物も肉類もすべてだ。唯一手元で自給できているのは、運搬中に傷みやすい野菜だけだった。
「備蓄でどのくらい持ち堪えられるか」
国王の呟きに、宰相は首を横に振った。
「無理です。今月いっぱいでしょう。何より、この輸入禁止措置が、貿易中立都市バーベナによって発令されたことが問題です」
呻く国王は不思議そうな顔をする。外交関係を大臣や宰相に任せてきたため、理解できないのだ。近隣諸国で危険なのは、聖獣により統治されたサルビア帝国のみ。そう認識していた。だが、それは軍事面だけの話だ。
ケイトウ国は北を大きな山脈に塞がれた小国だ。東から南にかけて帝国とその属国に接し、西は貿易都市バーベナと繋がっている。西がダメなら、帝国の配下にある属国経由で仕入れればいいではないか。
どの都市や国も、直接触れ合っていない土地であっても、どこかを経由して取引が出来るはず。その主張に、宰相は眉を寄せた。この程度の世界情勢も理解せず、この男は安穏と国王の座にいたのか。そんな王を担いでいた自分の愚かさも呪いたくなった。
「貿易中立都市であるバーベナは、帝国によって庇護されている。その独立権も商売に関する采配も、です。つまり帝国の財布と言ってもいい。そのバーベナが我々を切り捨てたなら、帝国も同様。属国は言うに及ばずです」
資源も人材も乏しいこの国は、その環境故に聖女を求めた。自分達が努力して開拓する道より、簡単な方法を選んだのだ。そして失敗した。
「ならばバーベナを攻めればいい」
攻め落として勝利すれば、食糧も土地も金もすべてが手に入る。短絡的に国王が発した言葉に、宰相は辞職を決めた。もう無理だ。このバカを担いで、一緒に倒れる気はない。どこぞの国へ逃れて、貯めた財産で細々と暮らそう。そもそも聖女召喚だって、予算が組めないから無理だと反対したのに。
ぶつぶつと口の中で文句を転がした宰相だが、声に出したのは別の言葉だった。
「どうぞご自由に」
滅びるなら一人で行け。本音を滲ませた声色は正直だった。ひどく冷たく響いた声に国王は不機嫌になる。無礼だのと騒ぐ国王を置いて、宰相は踵を返した。
民の間ですでに噂が広まっている。おそらくバーベナの領主が、最後の温情を掛けたのだろう。聖女を傷つけたケイトウ王国を、聖獣は許さない――その宣言とともに、今後は食糧が入らなくなることも公開された。
搾取され従うことに慣れた国民も、我慢の限界だ。暴動が起きて城が落ちるのと、この国が飢え死にするのは、どちらが早いか。宰相は足早に屋敷へ戻り、使用人に暇を出した。たっぷりと退職金を弾み、金貨や宝石類をすべてかき集めて国から出奔する。一週間後には事情を察した文官がごっそり逃げ出し、騎士団は丸ごと隣の小国に引き抜かれた。
さらに数日後、情報を得た貴族や城の使用人も一人、また一人と行方を晦ます。誰も守らなくなった城は、革命を叫ぶ国民により破壊された。国王を含め籠城した者は捕まった時には気が触れていたとか。それは取引停止から、ちょうど一ヶ月後の出来事だった。
城が落ちる前夜、中から悲鳴と助命の叫びが聞こえたらしいが、真偽の程は明らかにされていない。
「備蓄でどのくらい持ち堪えられるか」
国王の呟きに、宰相は首を横に振った。
「無理です。今月いっぱいでしょう。何より、この輸入禁止措置が、貿易中立都市バーベナによって発令されたことが問題です」
呻く国王は不思議そうな顔をする。外交関係を大臣や宰相に任せてきたため、理解できないのだ。近隣諸国で危険なのは、聖獣により統治されたサルビア帝国のみ。そう認識していた。だが、それは軍事面だけの話だ。
ケイトウ国は北を大きな山脈に塞がれた小国だ。東から南にかけて帝国とその属国に接し、西は貿易都市バーベナと繋がっている。西がダメなら、帝国の配下にある属国経由で仕入れればいいではないか。
どの都市や国も、直接触れ合っていない土地であっても、どこかを経由して取引が出来るはず。その主張に、宰相は眉を寄せた。この程度の世界情勢も理解せず、この男は安穏と国王の座にいたのか。そんな王を担いでいた自分の愚かさも呪いたくなった。
「貿易中立都市であるバーベナは、帝国によって庇護されている。その独立権も商売に関する采配も、です。つまり帝国の財布と言ってもいい。そのバーベナが我々を切り捨てたなら、帝国も同様。属国は言うに及ばずです」
資源も人材も乏しいこの国は、その環境故に聖女を求めた。自分達が努力して開拓する道より、簡単な方法を選んだのだ。そして失敗した。
「ならばバーベナを攻めればいい」
攻め落として勝利すれば、食糧も土地も金もすべてが手に入る。短絡的に国王が発した言葉に、宰相は辞職を決めた。もう無理だ。このバカを担いで、一緒に倒れる気はない。どこぞの国へ逃れて、貯めた財産で細々と暮らそう。そもそも聖女召喚だって、予算が組めないから無理だと反対したのに。
ぶつぶつと口の中で文句を転がした宰相だが、声に出したのは別の言葉だった。
「どうぞご自由に」
滅びるなら一人で行け。本音を滲ませた声色は正直だった。ひどく冷たく響いた声に国王は不機嫌になる。無礼だのと騒ぐ国王を置いて、宰相は踵を返した。
民の間ですでに噂が広まっている。おそらくバーベナの領主が、最後の温情を掛けたのだろう。聖女を傷つけたケイトウ王国を、聖獣は許さない――その宣言とともに、今後は食糧が入らなくなることも公開された。
搾取され従うことに慣れた国民も、我慢の限界だ。暴動が起きて城が落ちるのと、この国が飢え死にするのは、どちらが早いか。宰相は足早に屋敷へ戻り、使用人に暇を出した。たっぷりと退職金を弾み、金貨や宝石類をすべてかき集めて国から出奔する。一週間後には事情を察した文官がごっそり逃げ出し、騎士団は丸ごと隣の小国に引き抜かれた。
さらに数日後、情報を得た貴族や城の使用人も一人、また一人と行方を晦ます。誰も守らなくなった城は、革命を叫ぶ国民により破壊された。国王を含め籠城した者は捕まった時には気が触れていたとか。それは取引停止から、ちょうど一ヶ月後の出来事だった。
城が落ちる前夜、中から悲鳴と助命の叫びが聞こえたらしいが、真偽の程は明らかにされていない。
119
お気に入りに追加
2,256
あなたにおすすめの小説
精霊の森に捨てられた少女が、精霊さんと一緒に人の街へ帰ってきた
アイイロモンペ
ファンタジー
2020.9.6.完結いたしました。
2020.9.28. 追補を入れました。
2021.4. 2. 追補を追加しました。
人が精霊と袂を分かった世界。
魔力なしの忌子として瘴気の森に捨てられた幼子は、精霊が好む姿かたちをしていた。
幼子は、ターニャという名を精霊から貰い、精霊の森で精霊に愛されて育った。
ある日、ターニャは人間ある以上は、人間の世界を知るべきだと、育ての親である大精霊に言われる。
人の世の常識を知らないターニャの行動は、周囲の人々を困惑させる。
そして、魔力の強い者が人々を支配すると言う世界で、ターニャは既存の価値観を意識せずにぶち壊していく。
オーソドックスなファンタジーを心がけようと思います。読んでいただけたら嬉しいです。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜
白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」
即位したばかりの国王が、宣言した。
真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。
だが、そこには大きな秘密があった。
王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。
この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。
そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。
第一部 貴族学園編
私の名前はレティシア。
政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。
だから、いとこの双子の姉ってことになってる。
この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。
私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。
第二部 魔法学校編
失ってしまったかけがえのない人。
復讐のために精霊王と契約する。
魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。
毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。
修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。
前半は、ほのぼのゆっくり進みます。
後半は、どろどろさくさくです。
小説家になろう様にも投稿してます。
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
【完結】聖獣もふもふ建国記 ~国外追放されましたが、我が領地は国を興して繁栄しておりますので御礼申し上げますね~
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放? 最高の褒美ですね。幸せになります!
――いま、何ておっしゃったの? よく聞こえませんでしたわ。
「ずいぶんと巫山戯たお言葉ですこと! ご自分の立場を弁えて発言なさった方がよろしくてよ」
すみません、本音と建て前を間違えましたわ。国王夫妻と我が家族が不在の夜会で、婚約者の第一王子は高らかに私を糾弾しました。両手に花ならぬ虫を這わせてご機嫌のようですが、下の緩い殿方は嫌われますわよ。
婚約破棄、爵位剥奪、国外追放。すべて揃いました。実家の公爵家の領地に戻った私を出迎えたのは、溺愛する家族が興す新しい国でした。領地改め国土を繁栄させながら、スローライフを楽しみますね。
最高のご褒美でしたわ、ありがとうございます。私、もふもふした聖獣達と幸せになります! ……余計な心配ですけれど、そちらの国は傾いていますね。しっかりなさいませ。
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
※2022/05/10 「HJ小説大賞2021後期『ノベルアップ+部門』」一次選考通過
※2022/02/14 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2022/02/13 小説家になろう ハイファンタジー日間59位
※2022/02/12 完結
※2021/10/18 エブリスタ、ファンタジー 1位
※2021/10/19 アルファポリス、HOT 4位
※2021/10/21 小説家になろう ハイファンタジー日間 17位
今度生まれ変わることがあれば・・・全て忘れて幸せになりたい。・・・なんて思うか!!
れもんぴーる
ファンタジー
冤罪をかけられ、家族にも婚約者にも裏切られたリュカ。
父に送り込まれた刺客に殺されてしまうが、なんと自分を陥れた兄と裏切った婚約者の一人息子として生まれ変わってしまう。5歳になり、前世の記憶を取り戻し自暴自棄になるノエルだったが、一人一人に復讐していくことを決めた。
メイドしてはまだまだなメイドちゃんがそんな悲しみを背負ったノエルの心を支えてくれます。
復讐物を書きたかったのですが、生ぬるかったかもしれません。色々突っ込みどころはありますが、おおらかな気持ちで読んでくださると嬉しいです(*´▽`*)
*なろうにも投稿しています
【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う
たくみ
ファンタジー
圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。
アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。
ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?
それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。
自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。
このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。
それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。
※小説家になろうさんで投稿始めました
投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる