313 / 321
外伝
外伝2.お転婆姫との遭遇(SIDEカイルス)
しおりを挟む
いくら可愛いと言っても、兄弟の伴侶に手を出す気はない。その辺は理解してくれているので助かるが。泉の向こうにある原始の神々が住んだ聖域で、数万年も眠っていたから世情に疎い。社会勉強と嘯いて外へ飛び出したのは、彼らに妙な嫉妬をされないためだった。
イシスは無邪気で純粋で、いつも心を開いている。あれは奇跡だ。あのタイフォンがよく壊さなかったものだと感心した。献上された贄の中から伴侶に巡り合う可能性は低い。人間は常に自分の尺度で物事を考え、神々の大きな視点に立てなかった。だから身勝手な願いを押し付け、神々の怒りを買うのだ。
何度も同じ過ちをして学ばない。そんな愚かな種族に、イシスより純粋な子はいないだろう。その意味で、俺が伴侶を見つけるのは難しい。あのタイフォンですら数千年かけて見つけたのだから、長期戦は覚悟の上だった。願わくば、出会うのが一日も早くあれとは思うが。
ふらりと立ち寄った森で、小さなドラゴンが水浴びをしている。湖の向こう側なので気にせず、こちらも水に足を付けた。成長は腐食や腐敗と紙一重だ。成長を司る神は、同時に腐敗に対しても力を発揮する。水を濁らせてしまえば、この周辺に棲む動物が困るだろう。
気を遣うのもいい加減慣れた。掬った水で顔を洗い、手足を清める。この湖は底から水が湧いているらしい。澄んだ美しい水だった。一口含み、柔らかな口当たりの冷水を飲み込む。ほっと一息ついた。俺が伴侶を見つけないと、原始神殿は居心地が悪い。帰れば歓迎されるので、こちらの気の持ちようだろう。
「やめなさいよ! もう!!」
突然響いた声に顔を上げるが、周囲に誰もいない。広い湖の向こうにドラゴンがいるだけ。それも2匹に増えていた。あのどちらか、か? ここまで物理的に声が届くはずはないのに。何か用事があるわけではなく、急いでもいない。興味に素直になっても構わないとばかり、近くの茂みに転移した。
ぐあああ! 怒った様子で大きなドラゴンが、まだ子どものドラゴンに威嚇する。脅しているのか。年齢が若いことと未熟なことが重なり、大きい水色のドラゴンの言葉は聞こえない。小さな薄桃色のドラゴンは、苛立った様子で大きなドラゴンを蹴飛ばした。
「嫌だって言ってるでしょ!! 近づかないで! おじいさまに言いつけるからね」
威勢のいい子だが、あまり邪険にすると危ないのではないか? おじいさまが実力者のようだが、相手もなかなか引き下がらない。
ぐぉ、うぁあああ! 何か抗議する声を上げたと思ったら、体の大きさを利用して薄桃のドラゴンを押し倒そうとした。くるっと反転して湖へ飛び込んだ彼女は、中から反撃する。ぐっと吸い込んだ息を吐き出したが、氷と冷気のブレスだった。
相手の動きを封じるまでしっかりやり込め、彼女は凍った湖の端をぺたぺたと歩いて戻ってくる。ふんと鼻を鳴らして、濡れた全身を震わせた。
「レディに失礼よ! あんたみたいな礼儀知らずを相手にするわけないでしょ。イシスおじさま達を見習いなさいっての!」
思わぬ場所で予想外の人物の名が聞こえたため、俺は思わず飛び出した。
「イシスの知り合いか?」
イシスは無邪気で純粋で、いつも心を開いている。あれは奇跡だ。あのタイフォンがよく壊さなかったものだと感心した。献上された贄の中から伴侶に巡り合う可能性は低い。人間は常に自分の尺度で物事を考え、神々の大きな視点に立てなかった。だから身勝手な願いを押し付け、神々の怒りを買うのだ。
何度も同じ過ちをして学ばない。そんな愚かな種族に、イシスより純粋な子はいないだろう。その意味で、俺が伴侶を見つけるのは難しい。あのタイフォンですら数千年かけて見つけたのだから、長期戦は覚悟の上だった。願わくば、出会うのが一日も早くあれとは思うが。
ふらりと立ち寄った森で、小さなドラゴンが水浴びをしている。湖の向こう側なので気にせず、こちらも水に足を付けた。成長は腐食や腐敗と紙一重だ。成長を司る神は、同時に腐敗に対しても力を発揮する。水を濁らせてしまえば、この周辺に棲む動物が困るだろう。
気を遣うのもいい加減慣れた。掬った水で顔を洗い、手足を清める。この湖は底から水が湧いているらしい。澄んだ美しい水だった。一口含み、柔らかな口当たりの冷水を飲み込む。ほっと一息ついた。俺が伴侶を見つけないと、原始神殿は居心地が悪い。帰れば歓迎されるので、こちらの気の持ちようだろう。
「やめなさいよ! もう!!」
突然響いた声に顔を上げるが、周囲に誰もいない。広い湖の向こうにドラゴンがいるだけ。それも2匹に増えていた。あのどちらか、か? ここまで物理的に声が届くはずはないのに。何か用事があるわけではなく、急いでもいない。興味に素直になっても構わないとばかり、近くの茂みに転移した。
ぐあああ! 怒った様子で大きなドラゴンが、まだ子どものドラゴンに威嚇する。脅しているのか。年齢が若いことと未熟なことが重なり、大きい水色のドラゴンの言葉は聞こえない。小さな薄桃色のドラゴンは、苛立った様子で大きなドラゴンを蹴飛ばした。
「嫌だって言ってるでしょ!! 近づかないで! おじいさまに言いつけるからね」
威勢のいい子だが、あまり邪険にすると危ないのではないか? おじいさまが実力者のようだが、相手もなかなか引き下がらない。
ぐぉ、うぁあああ! 何か抗議する声を上げたと思ったら、体の大きさを利用して薄桃のドラゴンを押し倒そうとした。くるっと反転して湖へ飛び込んだ彼女は、中から反撃する。ぐっと吸い込んだ息を吐き出したが、氷と冷気のブレスだった。
相手の動きを封じるまでしっかりやり込め、彼女は凍った湖の端をぺたぺたと歩いて戻ってくる。ふんと鼻を鳴らして、濡れた全身を震わせた。
「レディに失礼よ! あんたみたいな礼儀知らずを相手にするわけないでしょ。イシスおじさま達を見習いなさいっての!」
思わぬ場所で予想外の人物の名が聞こえたため、俺は思わず飛び出した。
「イシスの知り合いか?」
41
お気に入りに追加
1,245
あなたにおすすめの小説
死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!
時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」
すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。
王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。
発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。
国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。
後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。
――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか?
容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。
怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手?
今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。
急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…?
過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。
ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!?
負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。
-------------------------------------------------------------------
主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼第2章2025年1月18日より投稿予定
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
竜王陛下、番う相手、間違えてますよ
てんつぶ
BL
大陸の支配者は竜人であるこの世界。
『我が国に暮らすサネリという夫婦から生まれしその長子は、竜王陛下の番いである』―――これが俺たちサネリ
姉弟が生まれたる数日前に、竜王を神と抱く神殿から発表されたお触れだ。
俺の双子の姉、ナージュは生まれる瞬間から竜王妃決定。すなわち勝ち組人生決定。 弟の俺はいつかかわいい奥さんをもらう日を夢みて、平凡な毎日を過ごしていた。 姉の嫁入りである18歳の誕生日、何故か俺のもとに竜王陛下がやってきた!? 王道ストーリー。竜王×凡人。
20230805 完結しましたので全て公開していきます。
前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか
Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。
無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して――
最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。
死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。
生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。
※軽い性的表現あり
短編から長編に変更しています
あと一度だけでもいいから君に会いたい
藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。
いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。
もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。
※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります
嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした
ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!!
CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け
相手役は第11話から出てきます。
ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。
役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。
そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。
本当に悪役なんですか?
メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。
状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて…
ムーンライトノベルズ にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる