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292.ドラゴンの歌と優しい雨

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 逃げ出した人は駝馬の荷車や徒歩だった。隣の国は遠くないから平気だ、セティがそういうなら平気だと思うけど。何となく気になった。見つめる僕らの足元で、何か騒いでる人がいる。僕とセティを指さしてるの、あれ良くないよ。人を指さしちゃいけないんだ。

「イシスは賢いな」

 褒めてもらった。キスも額に貰う。嬉しくて笑うと、足下はさらにうるさくなった。僕が知らない言語だけど、この国に来て何度か聞いた発音だ。でも何を言ってるか分からない。こてりと首を傾げた僕に、くすくす笑うセティが教えてくれた。

「ドラゴンがたくさん来てんだよ。イシスだって興奮してるだろう?」

「うん!」

「ファフニールは戦うつもりだから、誰か別のドラゴンに頼んで空を飛ぼうか?」

「お母さんにお願いしてもいいのかな」

「頼んでごらん」

 頷いて、青い鱗を取りだす。いつ見ても綺麗だよね。水の色に近いけど、青空にも似てる。鱗を握って話しかけた。

「お母さん、背中に乗せて」

 くるっと振り向いたお母さんが、お父さんに何か言ったみたい。頷きあって、僕の方へ来てくれた。お母さんへ手を伸ばす。ぶわっと風が起きて、余計な声が聞こえなくなった。お母さんの青い鱗が視界一杯に広がって、やっぱり青空みたいだ。

「行くぞ」

 セティが僕を抱っこして、ぽんとお母さんの背中に乗る。一瞬で移動して、目を開いたらお母さんの背中だった。掴まるところはないけど、セティが魔法で固定してくれるから落ちない。ふわりと舞い上がったお母さんを抱き締めるみたいにしがみ付いた。

 僕の下にはいろんな色の屋根が広がる。もうあまり人が住んでいない都だけど、そこをお父さん達が容赦なく壊していた。土煙が上がったり、火が走ったりしてる。

「ねえ、どうして壊してるの?」

「悪いことをしたからだ。ドラゴンが住む聖地を攻撃し、卵を狙った」

 イシスだって、住んでる家を壊されて家族を傷つけられたら怒るだろう? そう問われて頷く。もしお父さんやお母さんを傷つけたり、カイサお姉さんの卵を割ろうとしたら、僕も反撃するよ。ボリスを殴る奴がいたら、僕が戦って守るんだから。もちろんセティを傷つけられるのも嫌だけど。

 いつも守られてるけど、僕だって守れる。セティを振り返ると、軽く頬にキスをされた。その後くしゃりと黒髪を乱される。

「ほら、もうすぐ終わるぞ」

 銀色のひときわ大きなドラゴンはお父さん、その隣でフェリクスお兄さんや赤い他のドラゴンが胸を膨らませる。長い口の頬の部分が膨らんで、ちらちらと炎が見えた。それぞれに目標を定めると一気に吐き出した。街は一瞬で赤一色に染まる。

 驚いたところに、地面が揺れて街を壊し始めた。他のドラゴンがやったの? 凄い! お父さんの号令で街はぺしゃんこになった。そういえば、騒いでた人達が見当たらないけど。

「……んん゛? ドラゴンが強すぎて逃げたのかもな?」

 セティ、喉が痛いのかも。変な音で喉を鳴らしてた。そっか、逃げちゃったならしょうがないよね。綺麗に平らになった都で、緑のドラゴンが歌を歌う。エルランドお兄さんやボリスと同じ色のドラゴンの歌は、とても上手だった。そこへお母さんも声を重ねる。

 しとしとと優しい雨が降ってきた。濡れても冷たくなくて、お日様の光をきらきら弾く。虹が出来て、僕は手を伸ばした。あと少しで触れそうだけど……届かないね。たくさんのドラゴンが歌う中、セティに呼ばれた僕は虹を諦めた。

「足下を見てみろ、見事だぞ」

「うわぁああ! いっぱいの森だね」

 驚くほど濃い緑の森が茂っている。優しい雨を受け止めては葉を揺らして、まるで森も歌ってるみたい。さっきの都よりずっと素敵な風景だった。
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