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289.卵泥棒を退治しに行く

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 セティの声は聞こえるけど、向こうの人の声が聞こえない。これも神様の魔法かもしれないね。からんと飴を転がして、セティの肩に頭を預ける。洞窟奥の方でボリスが尻尾を振るから、僕も手を振り返した。

 ぶわっと風が強く吹いて髪を手で押さえた。振り返るとお父さんがいる。ルードルフお兄さんも一緒だった。目を見開いた僕に、セティは「しー」と唇に指を当てる。まだ話しちゃダメみたい。僕を指さして何か叫んだ人がいて、お父さんが爪で引っかけて外へ捨ててきちゃった。高いところから落ちたけど、平気? 残った人も慌てて逃げ出す。

「卵泥棒を退治しに行くぞ」

 卵泥棒の冒険者を見送ったセティがぱちんと指を鳴らした。僕の知らない町……うんと大きいから都? 上空から見下ろす町はどこより大きい気がした。前に見た王様の塔がある町より広い。

「さっきと違う飴をあげるから、もう少し我慢だ。帰りに新しい本と玩具を買おう」

「うん」

 小さくなった飴を、頷いた拍子に齧ってしまった。痛くないかと心配するセティに口を開けて見せる。歯も痛くないし、どこも切れたりしてないよ。そう示したら、舌を入れられた。キスをたくさんして、僕の口の甘いのがセティにも移る。苦しくなるまでキスをした僕を抱いて、いい子だと頭を撫でた。

 舐め回されてじんじんする唇へ飴が押し当てられる。色が見えないけど、口に入れたら分かった。たぶんオレンジ色だよ。前に舐めた飴と同じ味がするもん。舌が痺れてうまく動かないから、ゆっくり転がす。飲み込むと危ないんだって。

 空中を飛んでいくセティの腕の中は、お母さんの背中と一緒で安心。少しすると一番大きな建物の前に降りた。当たり前みたいに入っていくから、知ってる人のお家みたい。騒いで先が尖った棒を向ける人がいるけど、何を話してるのか分からない。声は聞こえるけど、知らない言葉だった。

 今度は白っぽい服の人が飛び出してきて、僕はびくりと肩を揺らす。すぐに視線を逸らしたけど、上から下まで白い服は怖い。しがみ付いた僕の背中を、とんとんとセティがゆっくり叩く。それだけで気持ちは落ち着いた。

 セティの襟をしっかり掴んで首筋に顔を埋める。これ、セティの匂いだ。安心する。思いきり吸い込んだ。セティの耳、少し赤いけど大丈夫かな。ちらっと顔を見たら頬同士をくっつけた。これはキスじゃないから平気。僕からもすり寄せた。

 建物の中へ入っていくセティを、白い服の人が丁寧に案内する。ここも神殿なのかも。大きな絵や壺が並んだ廊下を抜けて、高い天井の部屋に入った。奥の少し高い椅子に座っていた人が、慌てて降りて膝を突いた。神様じゃないから、セティの方が偉いんだね。

 部屋の中は不思議な匂いがした。部屋の角にある細い棒が燃えてるけど、何だか気持ち悪い臭い。顔をしかめた僕に気づいたセティが眉を顰めて、知らない言葉で怒鳴った。びっくりしたら、気持ち悪いのがどこかに消えた気がする。セティは何を怒ったんだろう?
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