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264.まだ取り戻せるのか?(SIDEセティ)
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*****SIDE セティ
オレにはイシスを誑かしているように見える。だがイシスは別の視点で、黒い手に触れた。直後に彼が崩れ落ちる。黒い体は砂のようにさらさらと形を保てなくなり、そのまま泉の底へ沈んでいった。
「あの人、僕に何かくれた」
何を貰ったのか、自覚がないイシス。最高神だった神が最後まで守り抜いたのは、命でも誇りでもなく……己の神格と地位だった。それをすべて譲渡して消えた兄弟に、慌てて手を伸ばす。だが手に残ったのは一握りの砂だけ。
神の消失は形を残さない。役目を終えて泉の底に飲まれるか、他の神々の糧になるのが普通だった。それなのに慣例を破るかのように、彼は生き残って神格をイシスに譲渡した。そんなことが可能なのか? 驚いたオレの頬に手を押し当てたイシスが、こてりと首を傾げた。
泣きもせず、不思議がりもしない。
「あのね、黒い神様はセティに会いたかったの。ガイアもいたらよかったんだけど」
最期に会いたいと口にしたらしい。腐敗の神として名を汚したが、本来の彼は成長を司る神だった。ガイアが生みだした形を、カイルスが育て成熟させ、オレが死を与える。解放されたエネルギーは再び巡り、新たなガイアの創造を助けた。
「あの神様、お名前は?」
「カイルスだ」
彼が腐敗を冠するようになったのはいつからだ? 成長を促す神として、当初は好意的に受け入れられたはず。死を司るオレと違って……ん?
突然思いだした。あれはオレが他の神々とケンカして飛び出す少し前だ。死神、破壊神と邪魔扱いされたオレに対し、憤って飛びかかってきたことがあった。「悔しくないのか」と、明らかに格の低い神々の揶揄を許さなかった。だがオレはどうでもよかったのだ。
その頃、気持ちが荒んでいた。自分だけを見つめて愛してくれる人が欲しくて、近くにいた兄弟を後回しにする。オレをそこまで嫌うならと、わざと破壊神らしく振舞った。あの頃からカイルスの噂も変わった気がする。気に入らない神々の豊穣を腐らせ、地上に病原菌をばら撒く。
まるでオレの後を追うように。
「セティ、黒い神様はセティのことが大好きだったよ」
だってセティを呼ぶとき、とても優しい目をしていた。僕にもとても優しくしてくれて、嫌なことはなかった。キスだけ慌てちゃったけど。付け足された言葉に目を見開く。浮かんだ雫が一粒、泉の上に落ちた。掴んだ手の中には、カイルスの僅かな痕跡だけ。
「ガイアのところに戻る。離れるな」
イシスをしっかり抱き締めて泉に飛び込んだ。これ以上砂一粒も失わぬよう、拳を硬く握りしめた。沈んでいく水が妙に優しく温かい気がして、イシスに見えないのをいいことに涙を流す。まだ間に合う、そう思いたかった。
オレにはイシスを誑かしているように見える。だがイシスは別の視点で、黒い手に触れた。直後に彼が崩れ落ちる。黒い体は砂のようにさらさらと形を保てなくなり、そのまま泉の底へ沈んでいった。
「あの人、僕に何かくれた」
何を貰ったのか、自覚がないイシス。最高神だった神が最後まで守り抜いたのは、命でも誇りでもなく……己の神格と地位だった。それをすべて譲渡して消えた兄弟に、慌てて手を伸ばす。だが手に残ったのは一握りの砂だけ。
神の消失は形を残さない。役目を終えて泉の底に飲まれるか、他の神々の糧になるのが普通だった。それなのに慣例を破るかのように、彼は生き残って神格をイシスに譲渡した。そんなことが可能なのか? 驚いたオレの頬に手を押し当てたイシスが、こてりと首を傾げた。
泣きもせず、不思議がりもしない。
「あのね、黒い神様はセティに会いたかったの。ガイアもいたらよかったんだけど」
最期に会いたいと口にしたらしい。腐敗の神として名を汚したが、本来の彼は成長を司る神だった。ガイアが生みだした形を、カイルスが育て成熟させ、オレが死を与える。解放されたエネルギーは再び巡り、新たなガイアの創造を助けた。
「あの神様、お名前は?」
「カイルスだ」
彼が腐敗を冠するようになったのはいつからだ? 成長を促す神として、当初は好意的に受け入れられたはず。死を司るオレと違って……ん?
突然思いだした。あれはオレが他の神々とケンカして飛び出す少し前だ。死神、破壊神と邪魔扱いされたオレに対し、憤って飛びかかってきたことがあった。「悔しくないのか」と、明らかに格の低い神々の揶揄を許さなかった。だがオレはどうでもよかったのだ。
その頃、気持ちが荒んでいた。自分だけを見つめて愛してくれる人が欲しくて、近くにいた兄弟を後回しにする。オレをそこまで嫌うならと、わざと破壊神らしく振舞った。あの頃からカイルスの噂も変わった気がする。気に入らない神々の豊穣を腐らせ、地上に病原菌をばら撒く。
まるでオレの後を追うように。
「セティ、黒い神様はセティのことが大好きだったよ」
だってセティを呼ぶとき、とても優しい目をしていた。僕にもとても優しくしてくれて、嫌なことはなかった。キスだけ慌てちゃったけど。付け足された言葉に目を見開く。浮かんだ雫が一粒、泉の上に落ちた。掴んだ手の中には、カイルスの僅かな痕跡だけ。
「ガイアのところに戻る。離れるな」
イシスをしっかり抱き締めて泉に飛び込んだ。これ以上砂一粒も失わぬよう、拳を硬く握りしめた。沈んでいく水が妙に優しく温かい気がして、イシスに見えないのをいいことに涙を流す。まだ間に合う、そう思いたかった。
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