上 下
265 / 321

263.何故抱き上げた?(SIDEセティ)

しおりを挟む
*****SIDE セティ



 神殿の中なら平気と好きにさせたら、さっそく騒動が起きた。イシスらしいとしか言いようがない。トムを抱いて原始の泉の前で遊んでいたが、トムだけ戻ってきた。しかも必死な形相で……となれば、駆け寄った泉には桃が浮かび、イシスの影も形もない。落ちたのか?

 泉の中は呼吸ができるし、すでに神族として高い神格を示すイシスなら向こう側へ抜けるだろう。追いかけようと泉に足を浸したところで、泣きじゃくるイシスの声が届いた。

 食べられちゃう! 唇にキスされそうと言われたら、全力で飛び込む以外ない。神域と呼ばれた向こう側は、様々な恩恵が得られる。同時に、神々が切り捨てた闇が残っていた。封印の意味を込めて、間を泉で仕切っているのだ。

 水から上がったオレの目に映ったのは、口を手で覆ったイシスだった。どうやら唇は死守したらしい。彼を抱き締めるのは、オレにそっくりな顔の神だった。いや、神だった存在だ。今はぼやけた印象しかないが、以前はもっとはっきりしていた。

「オレの伴侶だ、さっさと離せ」

 奪う気はないと言い訳しながら、イシスを喰らおうとしたのだろう。口付けを受けていたら、イシスが危なかった。抱き締める男から取り返し、ほっと一息つく。

「それで今頃何の用だ?」

「ひどいな、お前は俺で俺はお前だ。勝手に切り捨てておいて、知らないは通らない。それも伴侶を見つけたなら、なおさらだ」

 本性が顔に滲んでいるぞ。にやりと笑って、首を傾げてやった。まるで意味がわからないと示すように。

「オレに伴侶が見つかったとして、お前には関係あるまい。オレとお前は分離されて久しい。まったくの別人格なんだからな」

 オレとガイアは双子ではなく、これも含めた三つ子として誕生した。創造のガイア、破壊のオレ、腐敗のこいつだ。すでに名も神格も剥奪されたってのに、まだ消滅していなかったとは驚きだ。最高神位を持っていただけのことはあるか。

 神格の高いイシスが無防備に転がり落ち、神域に現れた。オレという守護がない未熟な魂を懐柔し、貪るつもりだったのか。睨みつける先で、黒い神は肩を落とした。

「誤解があるようだが、俺が引き摺り込んだわけじゃないぞ。その子を俺が保護しなければ、すぐにあれらに襲われていた」

 ちらりと目で示された先を視線で追う。元神だったもの、また神から不要だと切り捨てられたものが浮遊していた。前回は圧倒的強者であるオレがいて、イシスに高い神格はなかった。だから近づかれることはなかったが、腕の中にいる無垢な子どもはさぞ美味しく見えるのだろう。

 甘い芳香を放つ仙桃を手に現れた、豪華な食事……イシスを守る術が足りなかったか。後悔しながら、忠告する元兄弟に視線を戻した。

「それには礼を言おう。だが、何故お前はここにいて、何故イシスを抱き上げた?」

 守るだけなら抱き上げる必要はない。口付けられるとイシスが怯える必要もなかった。睨みつけた黒い神の残滓はゆらりと手を伸ばす。

「黒い神様、僕に何かくれるの?」

 イシスは思わぬ言葉を吐いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

法律では裁けない問題を解決します──vol.1 神様と目が合いません

ろくろくろく
BL
連れて来られたのはやくざの事務所。そこで「腎臓か角膜、どちらかを選べ」と迫られた俺。 VOL、1は人が人を好きになって行く過程です。 ハイテンポなコメディ

【完結】魔力至上主義の異世界に転生した魔力なしの俺は、依存系最強魔法使いに溺愛される

秘喰鳥(性癖:両片思い&すれ違いBL)
BL
【概要】 哀れな魔力なし転生少年が可愛くて手中に収めたい、魔法階級社会の頂点に君臨する霊体最強魔法使い(ズレてるが良識持ち) VS 加虐本能を持つ魔法使いに飼われるのが怖いので、さっさと自立したい人間不信魔力なし転生少年 \ファイ!/ ■作品傾向:両片思い&ハピエン確約のすれ違い(たまにイチャイチャ) ■性癖:異世界ファンタジー×身分差×魔法契約 力の差に怯えながらも、不器用ながらも優しい攻めに受けが絆されていく異世界BLです。 【詳しいあらすじ】 魔法至上主義の世界で、魔法が使えない転生少年オルディールに価値はない。 優秀な魔法使いである弟に売られかけたオルディールは逃げ出すも、そこは魔法の為に人の姿を捨てた者が徘徊する王国だった。 オルディールは偶然出会った最強魔法使いスヴィーレネスに救われるが、今度は彼に攫われた上に監禁されてしまう。 しかし彼は諦めておらず、スヴィーレネスの元で魔法を覚えて逃走することを決意していた。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

【完結】浮薄な文官は嘘をつく

七咲陸
BL
『薄幸文官志望は嘘をつく』 続編。 イヴ=スタームは王立騎士団の経理部の文官であった。 父に「スターム家再興のため、カシミール=グランティーノに近づき、篭絡し、金を引き出せ」と命令を受ける。 イヴはスターム家特有の治癒の力を使って、頭痛に悩んでいたカシミールに近づくことに成功してしまう。 カシミールに、「どうして俺の治癒をするのか教えてくれ」と言われ、焦ったイヴは『カシミールを好きだから』と嘘をついてしまった。 そう、これは─── 浮薄で、浅はかな文官が、嘘をついたせいで全てを失った物語。 □『薄幸文官志望は嘘をつく』を読まなくても出来る限り大丈夫なようにしています。 □全17話

侯爵令息、はじめての婚約破棄

muku
BL
侯爵家三男のエヴァンは、家庭教師で魔術師のフィアリスと恋仲であった。 身分違いでありながらも両想いで楽しい日々を送っていた中、男爵令嬢ティリシアが、エヴァンと自分は婚約する予定だと言い始める。 ごたごたの末にティリシアは相思相愛のエヴァンとフィアリスを応援し始めるが、今度は尻込みしたフィアリスがエヴァンとティリシアが結婚するべきではと迷い始めてしまう。 両想い師弟の、両想いを確かめるための面倒くさい戦いが、ここに幕を開ける。 ※全年齢向け作品です。

ようこそ異世界縁結び結婚相談所~神様が導く運命の出会い~

てんつぶ
BL
「異世界……縁結び結婚相談所?」 仕事帰りに力なく見上げたそこには、そんなおかしな看板が出ていた。 フラフラと中に入ると、そこにいた自称「神様」が俺を運命の相手がいるという異世界へと飛ばしたのだ。 銀髪のテイルと赤毛のシヴァン。 愛を司るという神様は、世界を超えた先にある運命の相手と出会わせる。 それにより神の力が高まるのだという。そして彼らの目的の先にあるものは――。 オムニバス形式で進む物語。六組のカップルと神様たちのお話です。 イラスト:imooo様 【二日に一回0時更新】 手元のデータは完結済みです。 ・・・・・・・・・・・・・・ ※以下、各CPのネタバレあらすじです ①竜人✕社畜   異世界へと飛ばされた先では奴隷商人に捕まって――? ②魔人✕学生   日本のようで日本と違う、魔物と魔人が現われるようになった世界で、平凡な「僕」がアイドルにならないと死ぬ!? ③王子・魔王✕平凡学生  召喚された先では王子サマに愛される。魔王を倒すべく王子と旅をするけれど、愛されている喜びと一緒にどこか心に穴が開いているのは何故――? 総愛されの3P。 ④獣人✕社会人 案内された世界にいたのは、ぐうたら亭主の見本のようなライオン獣人のレイ。顔が獣だけど身体は人間と同じ。気の良い町の人たちと、和風ファンタジーな世界を謳歌していると――? ⑤神様✕○○ テイルとシヴァン。この話のナビゲーターであり中心人物。

人生に脇役はいないと言うけれど。

月芝
BL
剣? そんなのただの街娘に必要なし。 魔法? 天性の才能に恵まれたごく一部の人だけしか使えないよ、こんちくしょー。 モンスター? 王都生まれの王都育ちの塀の中だから見たことない。 冒険者? あんなの気力体力精神力がズバ抜けた奇人変人マゾ超人のやる職業だ! 女神さま? 愛さえあれば同性異性なんでもござれ。おかげで世界に愛はいっぱいさ。 なのにこれっぽっちも回ってこないとは、これいかに? 剣と魔法のファンタジーなのに、それらに縁遠い宿屋の小娘が、姉が結婚したので 実家を半ば強制的に放出され、住み込みにて王城勤めになっちゃった。 でも煌びやかなイメージとは裏腹に色々あるある城の中。 わりとブラックな職場、わりと過激な上司、わりとしたたかな同僚らに囲まれて、 モミモミ揉まれまくって、さあ、たいへん! やたらとイケメン揃いの騎士たち相手の食堂でお仕事に精を出していると、聞えてくるのは あんなことやこんなこと……、おかげで微妙に仕事に集中できやしねえ。 ここにはヒロインもヒーローもいやしない。 それでもどっこい生きている。 噂話にまみれつつ毎日をエンジョイする女の子の伝聞恋愛ファンタジー。    

処理中です...