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237.祈りを知ってこそ声が届く

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 同じことを3日続けた僕達は、突然いろんな人に囲まれる。いつも通り受け取ったパンや肉に加え、今日は飴も買った。子どもがいっぱいだから、甘くていつまでも幸せな飴を選んだんだ。口の中でいつまでも甘いでしょう?

 飴の瓶を抱いた僕の前に立った人は、神殿の人みたい。どこでも同じだけど、白い服なんだね。僕は白い服が嫌いだ。だから睨んでしまった。だって僕を叩いたり、蹴ったりするから。この人もそうかも知れないと思う。でもセティが隣にいるから我慢する。いざとなったらセティが助けてくれるよね。

 顔を上げてセティを見ると、頷いて撫でられた。いつもセティは僕の声を聞いて、欲しい言葉やキスをくれる。瓶をしっかり抱き締めて睨む僕に深々と頭を下げた人達は、続いてセティにも頭を下げた。順番としては僕よりセティの方が先じゃないかな。神様だし。

「主神コイオス様からご神託が下りました。祈りを捧げる民を守るタイフォン神様、伴侶であられるお方に礼を尽くすように、と。我らの救済が行き届かず、お手を煩わせましたことをお詫び申し上げます。今後は我々が責任をもって、救済いたします。コイオス神様のお名前に懸けて成し遂げます」

 難しい言葉が多すぎて、僕には理解できなかった。救済って何? 神託は神様の言葉だよね。お手をって何?

「煩わせる、だぞ」

「違った?」

「ちょっとだけな」

 こそこそと会話している間も、白い服の神官は頭を下げたままだった。結局よく分からないけど、炊き出しという名目でたくさんの食事が配られるみたい。

 セティが病人を回復させ、ケガ人も治療した。今ではパンや肉を配る役を、率先して子どもやその親が手伝ってるけど、少し前は歩けない人が放り出されていたんだよ。コイオス神様は今になって手を伸ばすけど、もしセティが助けなかったら無視したの? 聞こえないフリ、見ないフリされたのかな。

 昔の僕が苦しくても放っておかれたように。痛くても助けてもらえなかったみたいに。

「セティ、どうしてここの神様はもっと早く助けなかったの?」

 神様は知っていて放っておいたのかな。悲しい気持ちになった僕に、迎えに来ていた子ども達が騒ぐ。裏通りを入ってすぐの場所で騒ぎが起きたため、屋台の人も心配して駆け寄った。子どもが呼んできた親も集まってくる。

 僕を抱き締めたセティがゆっくり、静かな声で語り出した。

「神はすべてを知っているわけじゃない。祈りを捧げた相手の言葉は届くが、神の名を知らぬ者の声や信者でない者の願いは聞こえないんだ。若い神が信者を増やすのは、己の力を増大させるためだが……年老いた神は人の些細な声に耳を傾けなくなる」

「話を聞いてくれないの?」

「聞こえるのが当たり前で、大切なことだと思えなくなるんだ」

 難しい。でもセティは僕が理解できると思って話している。だから全部覚えておいて、いつか完全にわかるようになればいい。頷いた僕の赤い髪を撫でたセティがぱちんと指を鳴らした。

 黒髪がさらりと流れる。僕の長い髪も、セティが短く見せていた髪も……艶のある黒になった。神様として話をするんだね。驚いた顔をする人達を見る僕の顎に手をかけて、視線を合わせるセティ。

「イシスが祈りを知らなかったから、お前の声はオレに届かなかっただろ。ここの民の声も、祈りの形を整えて神の名を口にすることで、やっとコイオスに届くようになる。一緒だよ」

 僕は目を瞬いた。祈りの言葉を知らなかったから、誰か助けてと願っても誰も来なかった。偶然セティが僕を見つけたから、僕は祈る方法を知って今も声が届いてる。神様は何でもできるけど、知らないことは出来ない。

「賢い子だ」

 頬にキスをしてもらい、つい目を閉じて待ったけど……人前で唇はダメなんだっけ。
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