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202.食べろと簡単に言われても(SIDEセティ)
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*****SIDE セティ
洞窟の神殿は、タイフォン信仰始まりの地とされてきた。その理由はまあ……当時の王族とやらかした事件の影響だ。ティターン国とウーラノス国に跨る山脈に開いた洞窟の穴に作られた神殿は、イシスが閉じ込められていた場所だった。
贄として連れてこられたにも関わらず、イシスは何も知らなかった。両親から離れされた年齢が幼かったこともあり、自分の名前すら憶えていない。そんな子供が祈りを知るはずもなく、祈らない贄の存在をオレは知らなかった。
神が振り返らない贄は、扱いが粗雑になっていったのだろう。野菜くずが浮いた薄いスープと硬いパンしか与えられず、満足な道具もないから器に口を付けて飲む生活。山奥の神殿に飛ばされるような神官の質は悪く、何らかの問題があって本国を遠ざけられた者ばかりだった。
殴られ蹴られたり、教育もされず放置される。八つ当たりの格好の道具だったのだ。そんなイシスを可愛がり、言葉を教えたのは本国での勢力争いで弾き出された今の神官長だった。彼がいたから、イシスは愛されることを求めた。神官長が本国に呼び戻されたことも知らず、誰かが抱きしめてくれることを必死で求めた。幼子の純粋な願いが、オレを引き寄せた。
嫌な思い出ばかりの洞窟に、イシスは一緒に帰ってもいいと言う。強がりはなく、オレが隣にいればどこでもいいと――無邪気に笑った。
「そろそろ食べちゃえば?」
ここ数日、籠から出て来なかったガイアが首を傾げる。そういや、猫になった元豊穣神のトムも見かけていない。籠を開けて覗き込むと、シャーと威嚇された。金髪そっくりの金毛の猫は、もう子猫と呼べる大きさではない。子どもの成長は早いと聞くが、いくら何でも早すぎるだろう。
「何をしたんだ?」
「うん? 僕が食べちゃったの。この子、中身もすっかり子猫になっちゃって、昔のことを覚えてないみたいなんだ。だから一から育ててみようかと思ってね。食べちゃった」
籠から出て来なかった理由が、思ったより大人っぽい内容だったことに苦笑いが浮かぶ。なるほど、邪魔されない籠の中に結界でも張ったな? 音も気配も薄くなって、まったく気づかなかった。
「イシスだけど、熟れて美味しそうな匂いがしてる。他の神々に気づかれる前に、食べちゃいなよ」
ガイアは無責任にけしかけ、白い毛皮を金毛の猫に摺り寄せた。そんな会話をしていると知らず、イシスが近づいて覗き込む。ぐいっと伸び上がったガイアが、イシスの額に鼻先を押し付けた。
「あ、トムが大きくなってる!」
「もうお母さんが要らない大きさになったから、僕が面倒見るよ。山の上の神殿で暮らすんだ」
ガイアが勝手に話を進める。トムはイシスのことを覚えているらしく、鼻を摺り寄せて甘える。頭を撫でろと訴える猫に、優しい顔でイシスが話しかけた。
「トム、ガイアと暮らすの?」
にゃんと返事の鳴き声が聞こえ、少し寂しそうにイシスが手を引っ込めた。
「僕が可愛がるから安心して。たまに顔を見せに来てよ、僕とトムはあの神殿にいるからね」
「うん」
頷いたイシスがオレに抱き着く。やはり寂しさはあるのだろう。撫でていると、ガイアがトムの首を咥えて籠から飛び出した。そのまま薄くなっていく。ばいばいと手を振るイシスに、トムはにゃーんと感謝の声を掛けた。
「さあ、出掛けるか。旅をするってことは、出会いと別れの繰り返しだぞ」
抱き寄せたイシスにキスをして意識を反らす。首を傾げた後、イシスはほわりと笑った。そこにガイアからの置き土産がひとつ――空席になった豊穣神の神格、イシスにつけといたから。慌てて確認すると、先ほどガイアが鼻先を付けた額に神位を示す薄い痣があった。
くそっ、余計な土産を置いて行きやがって!
洞窟の神殿は、タイフォン信仰始まりの地とされてきた。その理由はまあ……当時の王族とやらかした事件の影響だ。ティターン国とウーラノス国に跨る山脈に開いた洞窟の穴に作られた神殿は、イシスが閉じ込められていた場所だった。
贄として連れてこられたにも関わらず、イシスは何も知らなかった。両親から離れされた年齢が幼かったこともあり、自分の名前すら憶えていない。そんな子供が祈りを知るはずもなく、祈らない贄の存在をオレは知らなかった。
神が振り返らない贄は、扱いが粗雑になっていったのだろう。野菜くずが浮いた薄いスープと硬いパンしか与えられず、満足な道具もないから器に口を付けて飲む生活。山奥の神殿に飛ばされるような神官の質は悪く、何らかの問題があって本国を遠ざけられた者ばかりだった。
殴られ蹴られたり、教育もされず放置される。八つ当たりの格好の道具だったのだ。そんなイシスを可愛がり、言葉を教えたのは本国での勢力争いで弾き出された今の神官長だった。彼がいたから、イシスは愛されることを求めた。神官長が本国に呼び戻されたことも知らず、誰かが抱きしめてくれることを必死で求めた。幼子の純粋な願いが、オレを引き寄せた。
嫌な思い出ばかりの洞窟に、イシスは一緒に帰ってもいいと言う。強がりはなく、オレが隣にいればどこでもいいと――無邪気に笑った。
「そろそろ食べちゃえば?」
ここ数日、籠から出て来なかったガイアが首を傾げる。そういや、猫になった元豊穣神のトムも見かけていない。籠を開けて覗き込むと、シャーと威嚇された。金髪そっくりの金毛の猫は、もう子猫と呼べる大きさではない。子どもの成長は早いと聞くが、いくら何でも早すぎるだろう。
「何をしたんだ?」
「うん? 僕が食べちゃったの。この子、中身もすっかり子猫になっちゃって、昔のことを覚えてないみたいなんだ。だから一から育ててみようかと思ってね。食べちゃった」
籠から出て来なかった理由が、思ったより大人っぽい内容だったことに苦笑いが浮かぶ。なるほど、邪魔されない籠の中に結界でも張ったな? 音も気配も薄くなって、まったく気づかなかった。
「イシスだけど、熟れて美味しそうな匂いがしてる。他の神々に気づかれる前に、食べちゃいなよ」
ガイアは無責任にけしかけ、白い毛皮を金毛の猫に摺り寄せた。そんな会話をしていると知らず、イシスが近づいて覗き込む。ぐいっと伸び上がったガイアが、イシスの額に鼻先を押し付けた。
「あ、トムが大きくなってる!」
「もうお母さんが要らない大きさになったから、僕が面倒見るよ。山の上の神殿で暮らすんだ」
ガイアが勝手に話を進める。トムはイシスのことを覚えているらしく、鼻を摺り寄せて甘える。頭を撫でろと訴える猫に、優しい顔でイシスが話しかけた。
「トム、ガイアと暮らすの?」
にゃんと返事の鳴き声が聞こえ、少し寂しそうにイシスが手を引っ込めた。
「僕が可愛がるから安心して。たまに顔を見せに来てよ、僕とトムはあの神殿にいるからね」
「うん」
頷いたイシスがオレに抱き着く。やはり寂しさはあるのだろう。撫でていると、ガイアがトムの首を咥えて籠から飛び出した。そのまま薄くなっていく。ばいばいと手を振るイシスに、トムはにゃーんと感謝の声を掛けた。
「さあ、出掛けるか。旅をするってことは、出会いと別れの繰り返しだぞ」
抱き寄せたイシスにキスをして意識を反らす。首を傾げた後、イシスはほわりと笑った。そこにガイアからの置き土産がひとつ――空席になった豊穣神の神格、イシスにつけといたから。慌てて確認すると、先ほどガイアが鼻先を付けた額に神位を示す薄い痣があった。
くそっ、余計な土産を置いて行きやがって!
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