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200.主神の伴侶に暴力をふるうのか

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 次の瞬間、僕は叩かれていた。恐ろしさで座った僕の髪を掴んで引っ張りながら、頬を叩かれる。両側叩かれたところで、隣室の扉が開いた。ぶわっと風が吹いて僕は転がる。聞き慣れたゲリュオンの声が怒りを孕んだ。僕を守るように、ゲリュオンが威嚇しながら近づく。

「おいおい、この神殿は主神の伴侶に暴力をふるうのか!?」

「うるさいっ! このような男娼がタイフォン様のお相手のはずが……この首の痕は誰かれ構わず男を漁った証拠っ!」

 何を言われてるのか分からない。怖い、やだ……嫌だよ。助けて! 痛い、怖い、苦しい。こんなの我慢できない。混乱して息が苦しくなった。吐いた息を吸い込むのって、どうやるの? 頭がずきずきして気持ち悪い。吐きそうになりながら叫んだ。

「助けてセティ! お父さん、お母さん!! 苦しいよ」

 ぐいと引っ張られた手をゲリュオンが撥ね退け、駆け寄ったシェリアが抱きしめてくれた。いつの間にか人の姿に戻っている。がたがたと震えながら頭を抱える僕を、少女の手が包んだ。強く弱く握る彼女の手に合わせて、呼吸を思い出す。苦しかった息が楽になってきた。大きく吐いて、吸いこむだけ。頭全体がしびれて、ふわふわした。

「遅いぞ、ティフォン」

「助かった、ゲリュオン……はぁ、本当にこの神殿の神官は使い物にならねえな。爺さん以外の神官は処分するか」

 セティの声が聞こえて、まだ震えの止まらない僕を慣れた香りが包んだ。セティの匂いだ。セティが来てくれた。僕、迷惑じゃないよね? 涙を浮かべた目で見上げた先で、セティが「もう大丈夫だ、離れて悪かった」と謝った。謝らなくていいから、僕が悪くてもいいから、手を離さないで。

 震えが止まらない手を伸ばすと、セティが苦しそうな顔で受け止める。シェリアが手を離し、僕はセティに抱き締められた。痛いくらい強く抱くセティの腕が、すごく嬉しい。苦しくても痛くてもいいから、僕を離さないで。ずっと一緒にいて。

 くらりと目の前の景色が歪む。セティに体を預けて目を閉じた。ゆっくり息をして、セティの匂いを胸いっぱいに満たす。騒々しくなる外の音は聞こえても無視した。今の僕に大切なのは、セティが僕に触れていること。

「何事が……っ、まさか!? 伴侶様に、何か……ああ、何という、申し訳ございませぬ」

 お爺ちゃんの声と何かが壊れる音、それから女の人の苦しそうな息が聞こえた。気持ちが少し落ち着いてきて、僕はゆっくり目を開く。見えたのは、豪華な絨毯とセティの首筋だった。滲んだ涙を瞬きして落とし、手を突っ張ってみる。抱き上げ直したセティは横抱きにしてくれた。

 絨毯の先でお爺ちゃんが床に頭を当てていて、外の武器を持った人たちも同じ姿だ。さっきの女の人は……壁に貼り付けられていた。仕組みは分からないけど、前に見た罪人の磔みたい。ゲリュオンが怖い顔で怒ってるし、シェリアも唇を尖らせていた。

「そこの女を含め、すべての神官は解雇する。神官長以外は出ていけ」

 警護は残ってもいい。そう付け足したセティの声は低くて、怖かった。何か言おうと口を開いた僕は、いきなり開けた天井に驚く。空が見えて、すぐにお父さんが顔を突っ込んだ。

『無事か、我が息子よ』

『イシス、大丈夫かい?』

『おい、押すなって』

 お母さんが心配の声を掛けた後、フェリクスお兄さんが首を突っ込もうとしてルードルフお兄さんと頭をぶつけた。騒がしくなった隙間からボリスが飛び降りる。立派な机もベッドも、全部踏み潰しちゃった。

「セティ、家壊れちゃったね」

「ん? 別に使わねえからいいよ。それより、今夜もどこかにお泊りだな」

 にやりと笑ったセティに、お父さん達が一斉に抗議したけど……何か言われて黙った。心配そうに僕を見るの、何で?
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