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193.愚者の都(SIDEファフニール)

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*****SIDE ファフニール



 竜帝になって数百年、守る聖地の山が崩された。本来なら二番目の息子ルードルフが管理する山だが、一家団欒で離れた隙を狙われた形だ。あの子を責めるのは可哀想だろう。幸いにして崩れた山は、大した被害を出していない。大地の魔法を得意とするルードルフなら、崩れた山肌の修復も可能だった。

 夜中の轟音のせいで睡眠を妨げられたことに苛立ちながら、息子や妻と飛ぶ。荒れた精神を優しく慰撫するようなイシスの言動に、気持ちが徐々に穏やかになった。五つの金をどう分配するかで真剣に悩んでいる姿は、無邪気で愛らしかった。その分配先に自分が入ってないところが、なんともいじらしい。

 空中での会話は途切れ途切れになるが、それでも風を操れば十分に聞き取れた。そんなことに気を向けていたからか。油断したつもりはなかったが、突然の攻撃に対応が遅れた。飛べない4番目の息子を乗せた妻ヴルムへの攻撃を、長男フェリクスが焼き払う。

 鋭い矢が飛び交う中、彼女の悲鳴が聞こえた。竜帝の妻にして、水竜の長でもあるヴルムの翼に矢が刺さったらしい。怒りで目の前が揺れた。幸いにして翼の先なので、すぐに落ちることはない。だがバランスを崩した彼女の背から、一番柔らかい息子が転げ落ちる。

 イシスには翼がなく、身を守る鱗もない。ボリスがフェリクスの背から落ちたときの比ではない、大ケガをするだろう。最悪、失われてしまうかも知れない。神のつがいであっても、あの子はただ柔らかくて愛らしいだけの存在だった。体が強張るほどの恐怖と怒り、感情が乱れて息が荒くなる。

 あの子に何かあれば、人間など滅ぼしてくれるわ。ドラゴンの頂点に立ったこの力は、そのためにあったのだ。そう思えた。守護する大地を穢し、我が妻子に攻撃を仕掛けた者らへの感情は黒く塗りつぶされていく。その闇を払うのもまた……イシスだった。

「セティ、お父さん、助けてっ!」

 そう叫んだイシスの声は、鱗を通じて我が身に届く。何もなかったように明るく振る舞い、ヴルムの心配をする子どもが愛おしかった。敵はウーラノス――人間が勝手に大地を切り取って作った国だ。伴侶を害されたタイフォン神が加護を剥ぎ取った国に、滅び以外の選択肢はなかった。

『愚者の都を滅ぼす!』

 宣誓した響きは同族の中を駆け巡る。動かぬ者、同意する者はいても反対意見はない。これこそが答えだった。自らの愚かさを胸に滅びるがいい。驕り高ぶり、聖域に手を出したのが運の尽きなのだから。

 ぐああああ! 吠えた声に、息子達が賛同する。遠くから三番目の息子の声が重なった。駆けつけると告げるエルランドへ、己の妻を守れと返す。もうすぐ産まれてくる孫のために、この世界を多少なり……掃除しておこうか。

 最強種であり空の覇者でもあるドラゴンを怒らせた罪、国ひとつで贖えればよいが。すでに転移した息子と神々の姿を王城の屋根に見つけ、にたりと笑った。ならば城は最後まで残してやろう。王家への温情ではない。逃げ場を失った箱庭の中で震えながら、最期の時を待つが良い。
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