上 下
181 / 321

180.治療と燃える魚

しおりを挟む
「シェリアは俺の帰りを待つ。ここから動かない。出来るな?」

「……うん」

 嫌だけど我慢する。そう約束したシェリアの頭を優しく撫でたゲリュオンは、お父さんのところへ行った。何か交渉したみたい。

「任せた」

「おうよ! そっちこそ頼むぞ」

 ゲリュオンと拳をぶつけて挨拶したセティが後ろに下がり、お父さんがゲリュオンを乗せて飛び立つ。その間に川から出てきたボリスを、お母さんが舐め始めた。騒ぎの大きさに籠から出てきたトムが、血の臭いにびっくりして戻る。でも入れ替わりにガイアが顔を出した。

「ちょうどよかった。お前がいたんだ」

 セティはガイアの首根っこを掴んで持ち上げ、ボリスの前に置いた。起きたばかりのガイアは、大きな目をぱちくりと瞬く。首を傾げたあと、ひくひくと鼻を動かした。

「ケガしたのかい?」

 テンの小さな前足を体の前で合わせて、器用に人間みたいな座り方をした。後ろにころんと転がりかけたけど、セティが手で背中を支える。その間にぶつぶつと何か唱えていたガイアが、合わせた手を広げてボリスの尻尾に乗せた。

 ぐぁ? 変な声を出したボリスだけど、お母さんがしっかりと上から押さえつける。尻尾が揺れてガイアが弾き飛ばされそうになった。慌てた僕がボリスの尻尾にしがみ付いた。同時に駆けてきたシェリアも尻尾を押さえる。ごつん……嫌な音がして額が痛い。ぶつけちゃった。

「ごめんね、シェリア」

「ううん。私もごめん」

 勢いが余っちゃったみたい。でも2人で体重を掛けて押さえたから、ガイアが吹き飛ばされなかった。ガイアはまだ呪文みたいな言葉を続けていて、少しだけ手の先が光る。少しすると手の光が消えて、また暗くなった。

 もう夜だ。魚を煮る鍋を温める火以外に明るい場所はなくて、セティに言われた僕は1本の枝を引き抜いた。火は熱いから、直接触らないようにしないと。気を付けながら運んだ先で、やっぱりボリスは赤くなっていた。でも疲れたのか、うとうとしている。

「もう大丈夫だ、安心していいぞ」

 セティが約束してくれて、ガイアも同じことを言った。ほっとした僕は、シェリアと一緒に燃える枝の側に座る。ゲリュオンが用意した木の枝を運んで、新しい焚火を作った。明るくしておけば、お父さん達の目印になりそう。

「フェリクスお兄さんはどうしたの?」

 僕の不安そうな声に、セティがぎゅっと抱き締めてくれる。気になって後ろを見ると、シェリアが空を見ていた。ごめんね、ゲリュオンがいないのに僕だけ甘えて。間近にあるセティの唇が、僕の頬や額に触れる。それから腕を緩めてくれた。

「ボリスとの狩りの最中に、凶暴なコカトリスの集団に襲われたらしい。フェリクスが応戦したが、突かれたボリスは転げ落ちたそうだ。走って助けを呼びに戻った、イシスの弟は勇気があるな」

「うん……お父さんとゲリュオンが、お兄さんを助けてくれる?」

「もちろんだ」

『何か焦げてないかい?』

 お母さんの疑問の声に、僕とセティは慌てて鍋に向かう。でも鍋の中は無事で、外から煙が出ていた。後ろに付いてきたシェリアが、悲しそうな声を出す。

「お魚、燃えてる」

 夕食の焼き魚は炎に包まれていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

光る穴に落ちたら、そこは異世界でした。

みぃ
BL
自宅マンションへ帰る途中の道に淡い光を見つけ、なに? と確かめるために近づいてみると気付けば落ちていて、ぽん、と異世界に放り出された大学生が、年下の騎士に拾われる話。 生活脳力のある主人公が、生活能力のない年下騎士の抜けてるとこや、美しく格好いいのにかわいいってなんだ!? とギャップにもだえながら、ゆるく仲良く暮らしていきます。 何もかも、ふわふわゆるゆる。ですが、描写はなくても主人公は受け、騎士は攻めです。

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

拾われた後は

なか
BL
気づいたら森の中にいました。 そして拾われました。 僕と狼の人のこと。 ※完結しました その後の番外編をアップ中です

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

処理中です...