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162.足元の掃除も必要だ(SIDEセティ)
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*****SIDE セティ
里心がつくのではないか? あの老人と一緒に暮らしたいと言い出し、オレのそばを離れようとするかもしれない。そんな心配と、渡したくない醜い欲が同居する胸が苦しかった。オレに新しい感情を与えるのは、いつでもイシスだ。何も知らない、純粋な彼だけがオレに感情を教えた。
イシスの願いを撥ね除けられず、オレは妥協した。神の居室とされる部屋に老人を呼ぶことで、神族と人間の距離を見せつける。聡い老人は察して対応した。しかしイシスは、突然距離を置かれたことに寂しさを覚えて泣き出す。困ってしまい、前の通りに対応するよう口にするしかなかった。
抱き着いて泣いたイシスは徐々に落ち着き、オレと出会ってからの話を始めた。正直ひやひやする。オレが襲いかけたと思われるのは……どうだろう。イシスにとって親代わりのような老人は、猊下と呼称された。つまり大司教であった過去を持つ人物だ。現在の地位は教皇に近いだろう。孫のように可愛がった子が、贄という役目であるとはいえ神に食われかけた……そんな話が出たら、心証は良くないかも知れないな。
他人の心を察するのは苦手だが、ぼんやりとイシスの様子を見ながら肘をつく。頭をもたれて楽な姿勢を取り、新しく家族となった竜帝達の話をする子どもに頬を緩めた。拾った頃の幼い外見も好ましいが、やはり手を出せない年齢は扱いに困る。
ガイアの原始神殿で神族に変化させたとき、成長を促しておいてよかった。今の外見なら16歳前後で、さほど罪悪感を生まずに……いや、十分後ろめたいか。中身は結局7、8歳前後のままだった。自分がされていることを理解できない子供に無体を強いてる自覚はある。後悔は皆無だが。
幸せそうなイシスの様子に、老人の涙腺が崩壊したらしい。気持ちは理解できる。今にも折れそうだった手足はしっかりと肉をつけ、痩せた頬はまろみを帯びた。愛らしく笑う黒髪の子どもの哀れな記憶が鮮明なほど、今の状況が眩しいだろう。
助けを求めるイシスを抱き寄せて接吻け、そっと眠りへ誘導する。ここから先、イシスに聞かせるには少し早い話をするのだから。こてりと首を傾けて眠りに落ちたイシスの上に、さらに目覚めぬよう結界を重ねた。
「見ての通りだ、この子はオレの伴侶として貰う」
「不幸な境遇の子でしたが、報われるのですな」
神が相手だからではなく、イシスを幸せにできる相手として認められた。そんな気がする。人間が番相手の親に挨拶するのは、こんな気分なのだろうか。誇らしくもあり、どこか気恥ずかしい。表情を和らげた老人は、安心した様子で頭を下げた。
「どうか、その子を愛してください。美しい色を持つが故に虐げられた過去を補うほどに、大切にしていただけたら」
「当然だ」
頼まれるまでもなく、オレが必ず幸せにする。言い切って頬を緩めた。両親が殺された話も含めて、この老人は知っている。無償の愛情を注いだ彼が主神殿にいるのは、何らかの理由で連れ戻されたのだろう。イシスの側にいてやれなくなったことを悔いる老人に、オレは最大限の敬意を示そう。
「この主神殿の管理をそなたに一任する」
猊下ではなく、聖下となるがいい。そう告げた言葉を神殿中に響かせ、目を見開く老人に頷いた。
「イシスがそなたに会いたがったら連れてくる。それまでに掃除を済ませておけ」
駆け込んだ他の教皇や神官の間で宣言し、オレは転移して消える。後の騒動はあの老人が鎮めるはずだ。害すれば神の怒りを買うと理解できぬ愚者なら、神殿ごと滅ぼすだけの話だった。まだ腕の中で眠るイシスの頬に唇を押し当て、オレはどこか満ちた気持ちで頬を緩める。
悪くないな、こういうのも。居心地が悪いから近づかなかった神殿だが、オレを祀る場所なのだから勝手に掃除して人間を入れ替えればよかったのだ。家具を交換するように、不要な人間と必要な神官を仕分ければいい。あの老人が作る居場所なら、また近いうちに顔を出してやろう。彼の手助けになるからな。不思議な気分の良さに、なるほどと納得する。
掃除が大切だと言っていたファフニールの言葉がようやく理解できたぞ。
里心がつくのではないか? あの老人と一緒に暮らしたいと言い出し、オレのそばを離れようとするかもしれない。そんな心配と、渡したくない醜い欲が同居する胸が苦しかった。オレに新しい感情を与えるのは、いつでもイシスだ。何も知らない、純粋な彼だけがオレに感情を教えた。
イシスの願いを撥ね除けられず、オレは妥協した。神の居室とされる部屋に老人を呼ぶことで、神族と人間の距離を見せつける。聡い老人は察して対応した。しかしイシスは、突然距離を置かれたことに寂しさを覚えて泣き出す。困ってしまい、前の通りに対応するよう口にするしかなかった。
抱き着いて泣いたイシスは徐々に落ち着き、オレと出会ってからの話を始めた。正直ひやひやする。オレが襲いかけたと思われるのは……どうだろう。イシスにとって親代わりのような老人は、猊下と呼称された。つまり大司教であった過去を持つ人物だ。現在の地位は教皇に近いだろう。孫のように可愛がった子が、贄という役目であるとはいえ神に食われかけた……そんな話が出たら、心証は良くないかも知れないな。
他人の心を察するのは苦手だが、ぼんやりとイシスの様子を見ながら肘をつく。頭をもたれて楽な姿勢を取り、新しく家族となった竜帝達の話をする子どもに頬を緩めた。拾った頃の幼い外見も好ましいが、やはり手を出せない年齢は扱いに困る。
ガイアの原始神殿で神族に変化させたとき、成長を促しておいてよかった。今の外見なら16歳前後で、さほど罪悪感を生まずに……いや、十分後ろめたいか。中身は結局7、8歳前後のままだった。自分がされていることを理解できない子供に無体を強いてる自覚はある。後悔は皆無だが。
幸せそうなイシスの様子に、老人の涙腺が崩壊したらしい。気持ちは理解できる。今にも折れそうだった手足はしっかりと肉をつけ、痩せた頬はまろみを帯びた。愛らしく笑う黒髪の子どもの哀れな記憶が鮮明なほど、今の状況が眩しいだろう。
助けを求めるイシスを抱き寄せて接吻け、そっと眠りへ誘導する。ここから先、イシスに聞かせるには少し早い話をするのだから。こてりと首を傾けて眠りに落ちたイシスの上に、さらに目覚めぬよう結界を重ねた。
「見ての通りだ、この子はオレの伴侶として貰う」
「不幸な境遇の子でしたが、報われるのですな」
神が相手だからではなく、イシスを幸せにできる相手として認められた。そんな気がする。人間が番相手の親に挨拶するのは、こんな気分なのだろうか。誇らしくもあり、どこか気恥ずかしい。表情を和らげた老人は、安心した様子で頭を下げた。
「どうか、その子を愛してください。美しい色を持つが故に虐げられた過去を補うほどに、大切にしていただけたら」
「当然だ」
頼まれるまでもなく、オレが必ず幸せにする。言い切って頬を緩めた。両親が殺された話も含めて、この老人は知っている。無償の愛情を注いだ彼が主神殿にいるのは、何らかの理由で連れ戻されたのだろう。イシスの側にいてやれなくなったことを悔いる老人に、オレは最大限の敬意を示そう。
「この主神殿の管理をそなたに一任する」
猊下ではなく、聖下となるがいい。そう告げた言葉を神殿中に響かせ、目を見開く老人に頷いた。
「イシスがそなたに会いたがったら連れてくる。それまでに掃除を済ませておけ」
駆け込んだ他の教皇や神官の間で宣言し、オレは転移して消える。後の騒動はあの老人が鎮めるはずだ。害すれば神の怒りを買うと理解できぬ愚者なら、神殿ごと滅ぼすだけの話だった。まだ腕の中で眠るイシスの頬に唇を押し当て、オレはどこか満ちた気持ちで頬を緩める。
悪くないな、こういうのも。居心地が悪いから近づかなかった神殿だが、オレを祀る場所なのだから勝手に掃除して人間を入れ替えればよかったのだ。家具を交換するように、不要な人間と必要な神官を仕分ければいい。あの老人が作る居場所なら、また近いうちに顔を出してやろう。彼の手助けになるからな。不思議な気分の良さに、なるほどと納得する。
掃除が大切だと言っていたファフニールの言葉がようやく理解できたぞ。
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