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159.新しき情報と古い知人(SIDEセティ)
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*****SIDE セティ
罰を与えろと口にすれば、イシスが怖がる。この子の精神はあの日からほとんど成長していない。子どもの純粋さを保ち、ただ知識を足した。きょとんとした顔のイシスに微笑みかけ、慌てて指示を出す大司教に尋ねる。
「この子の親は見つかったのか」
「それが……その、ティターン国で亡くなっておりました」
言い淀んだ僅かの間で、状況が掴めた。つまりイシスは親に捨てられたのでも、売られたのでもない。この色を持つ子どもを得るために親を殺して奪ったのだ。ティターン国に両親がいると考えたオレの予想は当たったが、この状況は最悪のパターンだった。
両親がどうなったかを、この子は知るべきか。かつて両親に愛され、自分は捨て子ではなかったと知ったとき……何を得るか? ヴルムが母親になると言った時の、嬉しそうな顔を思い出す。自分にはいなかったからと笑ったイシスの心が、今になって突き刺さる。
神という存在は、どこまでも情が薄い。人間の感情を同じように感じることはないだろう。多少近づけたとしても、同じではなかった。それでも、この子が歩んだ辛さはある程度想像できる。
オレが知らせずに、いずれ他人の口から知るよりは早めに知らせてやった方がいいだろう。見下ろした先で、抱き締めたイシスはほわりと笑う。話を聞いていなかったらしい。説明は後回しにして、さらに話を進めるために結界を張った。イシスの耳に優しくない言葉を聞かせる必要はない。
黒髪を優しく撫でてやると、猫のように目を細めて擦り寄る。今はそれでよかった。
「親を殺した者を裁け、これは神殿の最優先事項だ」
神託として彼らに告げる。頭を床につけて深く礼をし、大司教は神託を守るよう部下に命じた。久しぶりに神殿まで足を運んだのは、これだけではない。一番大切な神託が残っていた。
「我が伴侶として、この子を召す。すでに人に非ず――手出し不要だ」
人ではないと示すことで、この子に関する権利を持つ人間が存在しないことを断言する。勝手に王侯貴族が養子縁組をしたり、この子の血縁者が名乗り出るのを防ぐためだった。こうして手を打たねば、人間は狡賢く神を利用しようとする。イシスに不要な肩書きを与え、地上に縛り付けるのは目に見えていた。
きっぱり言い切ったことで、イシスは神族として認められていると理解させるのが目的だった。今日はスカート姿で来させたのも、伴侶という単語を神殿が納得しやすくする配慮だ。神族は互いに繋がっているため、勝手に情報が共有されていく。しかし人間はそう簡単ではなかった。
この子がオレの物と宣言することは、最低限必要なことだ。人間と縁を切ったことを記録させ証明する。
くいっと長い黒髪を引っ張るイシスに微笑みかける。何か気になるのか、イシスは少し離れた場所を指さした。そこに平伏する老人が一人……神官ではなく、上位の司祭服を纏っている。
「気になるのか?」
「うん……おじいちゃんだと思う」
何度かイシスの話に出てきた、優しく頭を撫でて本を読んでくれたという老人か。紫の目を向けられた老人は、皺がれた手で深く礼をした。
罰を与えろと口にすれば、イシスが怖がる。この子の精神はあの日からほとんど成長していない。子どもの純粋さを保ち、ただ知識を足した。きょとんとした顔のイシスに微笑みかけ、慌てて指示を出す大司教に尋ねる。
「この子の親は見つかったのか」
「それが……その、ティターン国で亡くなっておりました」
言い淀んだ僅かの間で、状況が掴めた。つまりイシスは親に捨てられたのでも、売られたのでもない。この色を持つ子どもを得るために親を殺して奪ったのだ。ティターン国に両親がいると考えたオレの予想は当たったが、この状況は最悪のパターンだった。
両親がどうなったかを、この子は知るべきか。かつて両親に愛され、自分は捨て子ではなかったと知ったとき……何を得るか? ヴルムが母親になると言った時の、嬉しそうな顔を思い出す。自分にはいなかったからと笑ったイシスの心が、今になって突き刺さる。
神という存在は、どこまでも情が薄い。人間の感情を同じように感じることはないだろう。多少近づけたとしても、同じではなかった。それでも、この子が歩んだ辛さはある程度想像できる。
オレが知らせずに、いずれ他人の口から知るよりは早めに知らせてやった方がいいだろう。見下ろした先で、抱き締めたイシスはほわりと笑う。話を聞いていなかったらしい。説明は後回しにして、さらに話を進めるために結界を張った。イシスの耳に優しくない言葉を聞かせる必要はない。
黒髪を優しく撫でてやると、猫のように目を細めて擦り寄る。今はそれでよかった。
「親を殺した者を裁け、これは神殿の最優先事項だ」
神託として彼らに告げる。頭を床につけて深く礼をし、大司教は神託を守るよう部下に命じた。久しぶりに神殿まで足を運んだのは、これだけではない。一番大切な神託が残っていた。
「我が伴侶として、この子を召す。すでに人に非ず――手出し不要だ」
人ではないと示すことで、この子に関する権利を持つ人間が存在しないことを断言する。勝手に王侯貴族が養子縁組をしたり、この子の血縁者が名乗り出るのを防ぐためだった。こうして手を打たねば、人間は狡賢く神を利用しようとする。イシスに不要な肩書きを与え、地上に縛り付けるのは目に見えていた。
きっぱり言い切ったことで、イシスは神族として認められていると理解させるのが目的だった。今日はスカート姿で来させたのも、伴侶という単語を神殿が納得しやすくする配慮だ。神族は互いに繋がっているため、勝手に情報が共有されていく。しかし人間はそう簡単ではなかった。
この子がオレの物と宣言することは、最低限必要なことだ。人間と縁を切ったことを記録させ証明する。
くいっと長い黒髪を引っ張るイシスに微笑みかける。何か気になるのか、イシスは少し離れた場所を指さした。そこに平伏する老人が一人……神官ではなく、上位の司祭服を纏っている。
「気になるのか?」
「うん……おじいちゃんだと思う」
何度かイシスの話に出てきた、優しく頭を撫でて本を読んでくれたという老人か。紫の目を向けられた老人は、皺がれた手で深く礼をした。
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