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121.イシスがいれば(SIDEセティ)
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*****SIDE セティ
転移したのは洞窟の入り口だ。いきなり中に現れて、びっくりさせると悪いからな。卵にヒビが入って、さぞぴりぴりしているだろう現場を思い、イシスと手を繋いで歩く。かつて洞窟の奥にある神殿に繋がれていたイシスだが、洞窟そのものを怖がったり忌避する様子はなかった。
興奮するイシスがぴょんぴょんと飛び跳ねるので、トムがぎゃっと奇妙な声を上げる。不満だろうが、訴えても無視されるぞ。思った直後に、イシスはトムの頭をぐいっと袋に押し込んだ。くくっと喉の奥で笑って、鼻先しか出せないトムを撫でる。
ぎゃうっ! 怒りの声を上げたトムだが、すぐにイシスに叱られた。
「トム、静かにして」
しょんぼりした子猫の頭が引っ込み、袋の中で向きを直した。どうやらふて寝を決め込むらしい。正解だな、今のイシスは子猫に構っている余裕はなさそうだ。
「あ、お父さん!」
『おかえり、我が息子イシスよ。間に合ったぞ』
「ただいま」
妻と卵を守る竜帝が微笑んで、少し隙間を空ける。イシスは隙間をすり抜け、手が離れた。むっとするのは仕方ない。竜帝が興味深そうに顔を近づけ、それから尻尾を揺らした。
「なんだ?」
『最高神がそのような嫉妬をするのかと思ってな』
実に面白い。そんなニュアンスに、旧友を睨んだ。
「オレの嫁だ、当たり前だろ」
揶揄う竜帝の鱗をばしっと叩いて、オレは彼の背中に腰掛けた。なだらかな背の中ほどに座ったため、下の様子がよく見える。卵には大きなヒビが数本入り、彼らの4つ目の卵が割れようとしていた。石床は流れ出た水を吸い込み、殻を中から蹴飛ばす子竜が暴れる。
「頑張れ! 僕の弟、頑張って」
卵の表面を撫でながら、イシスは繰り返す。その声に押されたのか、卵のヒビが見る間に大きくなった。危ないと思ったとき、母親は卵の殻を咥えて後ろに放り投げる。凄い音がしたが、気にした様子なく穏やかに状況を見守っていた。
殻が半分なくなった卵から、子竜が転げ出る。まだ足がうまく動かないのだろう。躓いた子竜を支えようとイシスが飛び出し、慌てて保護する結界を張った。その結界を利用して、母竜が後ろからイシスを支える。
「すごい! 卵から自分で出れるなんて、僕の弟は凄い!!」
誉め言葉が少ないイシスの手放しの賞賛は、子竜にも通じたようだ。ぴぃと鳴きながらイシスに頬ずりする。嬉しそうに撫でて、まだ柔らかい鱗に驚いて笑った。たくさん触れ合った後、今度は母竜に駆け寄った子竜が、口移しで肉をもらう。
なるほど、それで母竜が珍しく黙っていたのか。口の中で柔らかくなるまで噛んだ肉を受け取り、両手を汚しながら生肉を齧る姿はドラゴンの子らしい。あの鋭い歯や爪でイシスに襲い掛かったら、ひとたまりもないだろう。だがあの卵の子も自分の義兄弟は理解しているようだ。
危険はないので、感激している竜帝の背中をぽんぽんと叩いた。
「よかったな」
『一度に息子が増えたのだ。俺ももっと頑張らねばならん』
気を吐く父竜に、ほどほどに頑張れと励ましながら頬を緩めた。こういう空気が心地よいなんて、初めてだ。今までは自分に似合わないと跳ね除けてきたから……イシスといる時間は、過去の放浪の日々を越える輝きを放っていた。
転移したのは洞窟の入り口だ。いきなり中に現れて、びっくりさせると悪いからな。卵にヒビが入って、さぞぴりぴりしているだろう現場を思い、イシスと手を繋いで歩く。かつて洞窟の奥にある神殿に繋がれていたイシスだが、洞窟そのものを怖がったり忌避する様子はなかった。
興奮するイシスがぴょんぴょんと飛び跳ねるので、トムがぎゃっと奇妙な声を上げる。不満だろうが、訴えても無視されるぞ。思った直後に、イシスはトムの頭をぐいっと袋に押し込んだ。くくっと喉の奥で笑って、鼻先しか出せないトムを撫でる。
ぎゃうっ! 怒りの声を上げたトムだが、すぐにイシスに叱られた。
「トム、静かにして」
しょんぼりした子猫の頭が引っ込み、袋の中で向きを直した。どうやらふて寝を決め込むらしい。正解だな、今のイシスは子猫に構っている余裕はなさそうだ。
「あ、お父さん!」
『おかえり、我が息子イシスよ。間に合ったぞ』
「ただいま」
妻と卵を守る竜帝が微笑んで、少し隙間を空ける。イシスは隙間をすり抜け、手が離れた。むっとするのは仕方ない。竜帝が興味深そうに顔を近づけ、それから尻尾を揺らした。
「なんだ?」
『最高神がそのような嫉妬をするのかと思ってな』
実に面白い。そんなニュアンスに、旧友を睨んだ。
「オレの嫁だ、当たり前だろ」
揶揄う竜帝の鱗をばしっと叩いて、オレは彼の背中に腰掛けた。なだらかな背の中ほどに座ったため、下の様子がよく見える。卵には大きなヒビが数本入り、彼らの4つ目の卵が割れようとしていた。石床は流れ出た水を吸い込み、殻を中から蹴飛ばす子竜が暴れる。
「頑張れ! 僕の弟、頑張って」
卵の表面を撫でながら、イシスは繰り返す。その声に押されたのか、卵のヒビが見る間に大きくなった。危ないと思ったとき、母親は卵の殻を咥えて後ろに放り投げる。凄い音がしたが、気にした様子なく穏やかに状況を見守っていた。
殻が半分なくなった卵から、子竜が転げ出る。まだ足がうまく動かないのだろう。躓いた子竜を支えようとイシスが飛び出し、慌てて保護する結界を張った。その結界を利用して、母竜が後ろからイシスを支える。
「すごい! 卵から自分で出れるなんて、僕の弟は凄い!!」
誉め言葉が少ないイシスの手放しの賞賛は、子竜にも通じたようだ。ぴぃと鳴きながらイシスに頬ずりする。嬉しそうに撫でて、まだ柔らかい鱗に驚いて笑った。たくさん触れ合った後、今度は母竜に駆け寄った子竜が、口移しで肉をもらう。
なるほど、それで母竜が珍しく黙っていたのか。口の中で柔らかくなるまで噛んだ肉を受け取り、両手を汚しながら生肉を齧る姿はドラゴンの子らしい。あの鋭い歯や爪でイシスに襲い掛かったら、ひとたまりもないだろう。だがあの卵の子も自分の義兄弟は理解しているようだ。
危険はないので、感激している竜帝の背中をぽんぽんと叩いた。
「よかったな」
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気を吐く父竜に、ほどほどに頑張れと励ましながら頬を緩めた。こういう空気が心地よいなんて、初めてだ。今までは自分に似合わないと跳ね除けてきたから……イシスといる時間は、過去の放浪の日々を越える輝きを放っていた。
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