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95.壺の中か?(SIDEセティ)

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*****SIDE セティ



 絵本を見て「お母さんって優しいんだよね」と尋ねるイシスは、自分に母親がいないことを諦めているようだった。誰かに何か言われたのか。記憶にない母親に捨てられたと考えたのかも知れない。優しく真っすぐなこの子なら、ヴルムも受け入れてくれるだろう。

 3匹ものドラゴンを育てたヴルムは、新しい卵を産んでいた。正直迷う。それでも引き合わせたのは正解だった。あまりに幼いイシスに母性が刺激されたヴルムは、自らを母と呼ばせて可愛がる。お母さんが出来たと笑うイシスの様子に、連れてきてよかったと思った。

 自ら捕らえた得物を分ける行為は、ドラゴンにとって特別だ。我が子や番以外だと、よほどの信頼関係がなければ渡さない。狩りをして生きる種族なのだから当然だった。一番柔らかい腹の部位を譲ってくれたのは、イシスを我が子と同列に考えているからだ。この子がオレの番として認められた証拠でもあった。

 奥にある宝飾品は、オレが滅ぼした国から回収した物も混じる。黄金が好きなのを知るため渡したが、ヴルムは律義にも「預かった」と思っているらしい。宝の山を見せるのも、ドラゴンにしたら格別の信頼の証だ。本来は同族でもなかなか見せてもらえない。

 無邪気に喜ぶイシスは黄金の価値を知らず、ただ綺麗だと笑う。金貨を拾い「絵が描いてある」と喜んだ。サファイアがついた首飾りをつけてやると、手に取って眺める。

 『お母さんが好きなら、僕も見つけたら持ってこよう』――嫉妬しそうなことを考えるイシスは、当たり前のようにオレを付け加えた。『いっぱいは持てないけど、セティが手伝ってくれたら、たくさん持ってこれる』――オレを忘れてないならいいか。頬が笑み崩れた。

 イシスと一緒にいると笑っている時間が長い。今までの長い時間をすべて集めても、ここ数ヵ月の方が笑ってるな。オレが欲しかったものは、これだったんだろう。感情を持つ人間のフリがしたいのではなく、誰かを愛してみたかった。

 無条件に向けられる愛情があって、初めて乾いた土は水を吸うことができる。奥へ飛び込んでいく子供は、有名な神々や徳を積んだ神官、英知を極めた学者や地位を持つ王侯貴族が与えられなかった感情をオレに植え付けた。本人に自覚がないのが逆に驚きだが。

「セティ、何か変なのある」

「どれ?」

 イシスを追いかけた黄金の山の向こう、しっかりと壺を抱いて覗く。奇妙な気配がする。近づくと頭が締め付けられるような痛みが襲った。まさか――封じの壺?

 慌てて周囲を見回す。アトゥムが見当たらない。同色だから同化した? それとも……壺の中か。

 ヴルムはドラゴンなので問題ないが、神族のオレは影響を受ける。イシスが異常に気付かないのは経験不足と、神として未完成だからだ。ならば神族の魂を持つ子猫は?

「トム」

 見当たらない。壺を放り出して探し始めたイシスから、そっと壺を遠ざけた。万が一を考えると触れさせるのは危険だ。オレの収納も影響を受けるため、目配せしてヴルムへ放った。彼女がさっと足の下に隠す。危険を排除して洞窟の奥を隈なく探したが、トムは出てこなかった。
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