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91.真理を見抜く子(SIDEセティ)
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*****SIDE セティ
『ふむ。構わないよ、その子は濁ってないからね』
ふぁさっと柔らかな音がして、ドラゴンの背に羽が広がった。ドラゴンの羽の大きさに「すごいね」を連発するイシスが、興奮した様子で両手を伸ばす。全然追いつかないのに、真似するように手を広げて喜ぶ姿が可愛くて抱き上げた。
「届かないくらい大きい」
興奮して抱き着いたイシスに頬ずりしていると、青竜は長い首を傾けて覗き込んだ。
『お前様もそんな顔するんだねぇ』
「悪いか?」
『安心したよ』
短く返した青竜ヴルムが穏やかな目を向ける。竜種特有の黄金の瞳は珍重され、一時期ドラゴン退治が流行った。人間達は友好的な竜の多くを殺し、その瞳をくり貫いたのだ。ただ宝石の如く美しいというだけで、数多くのドラゴンが殺された。
先代竜王が番を庇って亡くなり、その遺児であったヴルムはタイフォンに拾われる。哀れなドラゴンの子に知識と生き残る術を教えたのは、気が遠くなるほど昔のことだった。番の子を産んだ今、ヴルムは3匹のドラゴンの母親だ。
『この子を見せに来てくれたのかい?』
「ああ、オレの伴侶で番だ。覚えておいてくれ」
何かあれば助けてやって欲しい。そう含ませた意味を受け取り、ヴルムは何度も頷いた。伸ばした鼻先でイシスを撫で、舌でその顔を舐める。己の子を慈しむ母のような行為に、イシスは嬉しそうに笑った。怖がる様子はない。
「綺麗で、優しいドラゴンだね。絵本は悪く書いてあったのに」
「あれは人間が作った話だからな」
大量のドラゴンを殺したくせに、後世に伝える時は攻めたドラゴンから都を守った話になっていた。読み聞かせた後、オレの見た真実もしっかり教える。イシスに偏った知識を与える必要はなかった。この子は物を知らないだけで、馬鹿ではないのだから。
すべての情報を与え、その中からイシスが直接見聞きした経験を基に真実を選べばよかった。たとえオレの知る史実と違っても、イシス自身が望んだ答えだ。穏やかに頷いたオレに、イシスはほわりと微笑み、思わぬ言葉を口にした。
「ドラゴンは優しすぎて、人間にやり返さなかったんだね。だってこんなに強くて綺麗だもの。人間が負けちゃうよ」
『おやまあ。これは、また……』
予想外の理解にヴルムが絶句した。ドラゴンが尾を振れば壁が壊れ、炎を吐けば都は焼け落ちる――残酷な振る舞いをしないのは、綺麗で強く優しいから。その理由付けは無知な子供の戯言のようであり、世の理を悟った賢者のようだった。
長寿ゆえの物知りを誇るドラゴンは、他の魔物と一線を画す。寿命が長いということは、考え方が緩やかで丸くなる長所があった。逆に怒り狂えば我を失い暴走する。その極端さが、ドラゴンに関する伝説を生み出す礎だ。それゆえにドラゴンは知と法の番人と呼ばれてきた。
どうだ? オレの嫁だ。自慢げにヴルムを見つめる。黄金の瞳が少し潤んで、何度も瞬きした。それから大きな体を器用に動かして、ぺたりと地面に伏せる。
『物事の真理を見抜く子だ。ティフォン、大切にしておやりよ』
よどんだ人間の中にこんな子が混じれば、すぐに汚されてしまう。美しいものを守ろうとするドラゴンや神の在り方は稀有で、人間は汚して引きずり降ろそうとする生き物だった。純粋さを尊ぶドラゴンの母は、我が子を慈しむ眼差しを向ける。
「もちろんだ」
頷いたオレに、イシスは両手を広げて目を輝かせた。
「僕、こんなに、こぉんなに大切にしてもらってます」
目いっぱい背伸びして大きさを表現するイシスの仕草に、ヴルムは何度も頷いて目を潤ませた。
『ふむ。構わないよ、その子は濁ってないからね』
ふぁさっと柔らかな音がして、ドラゴンの背に羽が広がった。ドラゴンの羽の大きさに「すごいね」を連発するイシスが、興奮した様子で両手を伸ばす。全然追いつかないのに、真似するように手を広げて喜ぶ姿が可愛くて抱き上げた。
「届かないくらい大きい」
興奮して抱き着いたイシスに頬ずりしていると、青竜は長い首を傾けて覗き込んだ。
『お前様もそんな顔するんだねぇ』
「悪いか?」
『安心したよ』
短く返した青竜ヴルムが穏やかな目を向ける。竜種特有の黄金の瞳は珍重され、一時期ドラゴン退治が流行った。人間達は友好的な竜の多くを殺し、その瞳をくり貫いたのだ。ただ宝石の如く美しいというだけで、数多くのドラゴンが殺された。
先代竜王が番を庇って亡くなり、その遺児であったヴルムはタイフォンに拾われる。哀れなドラゴンの子に知識と生き残る術を教えたのは、気が遠くなるほど昔のことだった。番の子を産んだ今、ヴルムは3匹のドラゴンの母親だ。
『この子を見せに来てくれたのかい?』
「ああ、オレの伴侶で番だ。覚えておいてくれ」
何かあれば助けてやって欲しい。そう含ませた意味を受け取り、ヴルムは何度も頷いた。伸ばした鼻先でイシスを撫で、舌でその顔を舐める。己の子を慈しむ母のような行為に、イシスは嬉しそうに笑った。怖がる様子はない。
「綺麗で、優しいドラゴンだね。絵本は悪く書いてあったのに」
「あれは人間が作った話だからな」
大量のドラゴンを殺したくせに、後世に伝える時は攻めたドラゴンから都を守った話になっていた。読み聞かせた後、オレの見た真実もしっかり教える。イシスに偏った知識を与える必要はなかった。この子は物を知らないだけで、馬鹿ではないのだから。
すべての情報を与え、その中からイシスが直接見聞きした経験を基に真実を選べばよかった。たとえオレの知る史実と違っても、イシス自身が望んだ答えだ。穏やかに頷いたオレに、イシスはほわりと微笑み、思わぬ言葉を口にした。
「ドラゴンは優しすぎて、人間にやり返さなかったんだね。だってこんなに強くて綺麗だもの。人間が負けちゃうよ」
『おやまあ。これは、また……』
予想外の理解にヴルムが絶句した。ドラゴンが尾を振れば壁が壊れ、炎を吐けば都は焼け落ちる――残酷な振る舞いをしないのは、綺麗で強く優しいから。その理由付けは無知な子供の戯言のようであり、世の理を悟った賢者のようだった。
長寿ゆえの物知りを誇るドラゴンは、他の魔物と一線を画す。寿命が長いということは、考え方が緩やかで丸くなる長所があった。逆に怒り狂えば我を失い暴走する。その極端さが、ドラゴンに関する伝説を生み出す礎だ。それゆえにドラゴンは知と法の番人と呼ばれてきた。
どうだ? オレの嫁だ。自慢げにヴルムを見つめる。黄金の瞳が少し潤んで、何度も瞬きした。それから大きな体を器用に動かして、ぺたりと地面に伏せる。
『物事の真理を見抜く子だ。ティフォン、大切にしておやりよ』
よどんだ人間の中にこんな子が混じれば、すぐに汚されてしまう。美しいものを守ろうとするドラゴンや神の在り方は稀有で、人間は汚して引きずり降ろそうとする生き物だった。純粋さを尊ぶドラゴンの母は、我が子を慈しむ眼差しを向ける。
「もちろんだ」
頷いたオレに、イシスは両手を広げて目を輝かせた。
「僕、こんなに、こぉんなに大切にしてもらってます」
目いっぱい背伸びして大きさを表現するイシスの仕草に、ヴルムは何度も頷いて目を潤ませた。
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