89 / 321
88.え? 食べないの?
しおりを挟む
しとしと降り続く雨は、ティターン国だけじゃなくて僕のいる宿も濡らした。窓の外を行き交う人は、みんな急いでいる。開けると濡れるし、窓のガラスに手を当てると冷たくなるから、僕は少し離れてベッドに座った。
雨の日は他の音があまり聞こえない。屋根から落ちる水音が、ぴちゃんぴちゃんと僕を眠りに誘う。手元の本へ目を向け、文字をゆっくりと声に出して読んだ。
「おひめさまは、おうじさまとしあわせになりました。めでたし、めでたし」
「よく読めたな。大したもんだ」
ゲリュオンが大きな声で褒めてくれる。にっこり笑って、僕は本を閉じた。いま、セティはお出かけしている。どうしても、どうしても外せない用事があるんだって。すごく謝ってくれた。
一緒に行けないのは残念だけど、仕方ないよ。セティは神様で、僕は贄だもの。贄って、最後は神様に食べてもらうんだ。いつか、僕もセティに食べてもらって、あの美しい人の一部になれる。待ち遠しいけど、食べられたら触れなくなっちゃうのは寂しい。
「ゲリュオンは贄を食べた?」
「うん? 贄を食う? そんなの昔の話で今は聞かないぞ。下級神なら……まあ、あり得るか」
「え? 食べてくれないの?」
困ったように言葉を選ぶゲリュオンに、僕は驚いた。だって、セティは僕を食べてくれるはず。そう言ってたよね? だから早く大きくならないといけないのに。食べないの?
「食べられたいのか?」
「うん」
ゲリュオンは「うーん」と天井を睨んで唸った後、僕の頭に手を置いた。ぐりぐりと乱暴に撫でながら、言い聞かせる。
「違う意味で食べると思うぞ」
「もぐもぐしないで?」
「……ああ、その、もぐもぐ……は、するかも?」
真っ赤になったゲリュオンが「勘弁してくれ」と呟いた。どうしたんだろう、お熱があるのかな。椅子に座るゲリュオンは机に肘をついている。椅子を押して近づいて、座るところに立った。これなら届くよね。
僕より大きなゲリュオンの額に手を伸ばすけど、避けられちゃった。熱を測るのを逃げるなんて、ゲリュオンはトムより怖がりだね。だから手を伸ばして、ゲリュオンの髭がある顎を触る。今度は動かなかった。
「大丈夫、僕は痛いことしないよ」
「いや……そうじゃなくて」
何か言ってるけど、僕はその手を頬に持っていって、もう少し上の額に当てた。あったかい、かな? セティみたいに、額をごつんしたら分かるかも! 身を乗り出して顔を近づけた。
「こーら、何をしてるんだ?」
近づいた距離を、倍以上離されてしまう。さらにセティの腕がぎゅっとして、僕は動けなくなった。そしたら髪から額、頬、首まであちこちにキスが降ってくる。
「きゃぁっ! セティ、やっ」
「嫌なのか? ゲリュオンにキスしようとしたくせに」
「して、な、もん」
首を横に振った拍子に、顎を押さえたセティの唇が僕の唇と重なった。人前ではダメって、自分が言ったんじゃないか。でも気持ちいいし、セティが触れてるのが嬉しい。僕がここにいて、セティと一緒にいてもいいって思えるから。
「それで、何をしてたんだ?」
「お熱、測ってたの」
正直に言ったら、ゲリュオンは赤い顔を逸らし、その横顔をセティが睨みつけた。急に怖い顔して、何かあったのかな。
雨の日は他の音があまり聞こえない。屋根から落ちる水音が、ぴちゃんぴちゃんと僕を眠りに誘う。手元の本へ目を向け、文字をゆっくりと声に出して読んだ。
「おひめさまは、おうじさまとしあわせになりました。めでたし、めでたし」
「よく読めたな。大したもんだ」
ゲリュオンが大きな声で褒めてくれる。にっこり笑って、僕は本を閉じた。いま、セティはお出かけしている。どうしても、どうしても外せない用事があるんだって。すごく謝ってくれた。
一緒に行けないのは残念だけど、仕方ないよ。セティは神様で、僕は贄だもの。贄って、最後は神様に食べてもらうんだ。いつか、僕もセティに食べてもらって、あの美しい人の一部になれる。待ち遠しいけど、食べられたら触れなくなっちゃうのは寂しい。
「ゲリュオンは贄を食べた?」
「うん? 贄を食う? そんなの昔の話で今は聞かないぞ。下級神なら……まあ、あり得るか」
「え? 食べてくれないの?」
困ったように言葉を選ぶゲリュオンに、僕は驚いた。だって、セティは僕を食べてくれるはず。そう言ってたよね? だから早く大きくならないといけないのに。食べないの?
「食べられたいのか?」
「うん」
ゲリュオンは「うーん」と天井を睨んで唸った後、僕の頭に手を置いた。ぐりぐりと乱暴に撫でながら、言い聞かせる。
「違う意味で食べると思うぞ」
「もぐもぐしないで?」
「……ああ、その、もぐもぐ……は、するかも?」
真っ赤になったゲリュオンが「勘弁してくれ」と呟いた。どうしたんだろう、お熱があるのかな。椅子に座るゲリュオンは机に肘をついている。椅子を押して近づいて、座るところに立った。これなら届くよね。
僕より大きなゲリュオンの額に手を伸ばすけど、避けられちゃった。熱を測るのを逃げるなんて、ゲリュオンはトムより怖がりだね。だから手を伸ばして、ゲリュオンの髭がある顎を触る。今度は動かなかった。
「大丈夫、僕は痛いことしないよ」
「いや……そうじゃなくて」
何か言ってるけど、僕はその手を頬に持っていって、もう少し上の額に当てた。あったかい、かな? セティみたいに、額をごつんしたら分かるかも! 身を乗り出して顔を近づけた。
「こーら、何をしてるんだ?」
近づいた距離を、倍以上離されてしまう。さらにセティの腕がぎゅっとして、僕は動けなくなった。そしたら髪から額、頬、首まであちこちにキスが降ってくる。
「きゃぁっ! セティ、やっ」
「嫌なのか? ゲリュオンにキスしようとしたくせに」
「して、な、もん」
首を横に振った拍子に、顎を押さえたセティの唇が僕の唇と重なった。人前ではダメって、自分が言ったんじゃないか。でも気持ちいいし、セティが触れてるのが嬉しい。僕がここにいて、セティと一緒にいてもいいって思えるから。
「それで、何をしてたんだ?」
「お熱、測ってたの」
正直に言ったら、ゲリュオンは赤い顔を逸らし、その横顔をセティが睨みつけた。急に怖い顔して、何かあったのかな。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1,150
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる