88 / 321
87.どこまでも美しく(SIDE王太子)
しおりを挟む
*****SIDE ティターン王太子
物心ついた時から、王族より神殿の方が上だった。地位は最上位のはずの父王は、神殿からの要求を突っぱねることが出来ない。政はもちろんのこと、王侯貴族の婚姻にまで口出しされた。
幼い頃はそれが当たり前で、おかしいと思わない。だが、8歳の頃に隣国の王子が留学してきた。彼が指摘して、初めて王族は神殿より権威があるのだと知る。国を治めるのが王族の務めであり、神の威光を知らしめ信仰を集めるのが神殿の役目だと。
反発しても潰される。ならば良識ある貴族と手を組み、裏で調査を始めた。神殿が裏で行う人身売買や、民から巻き上げた金で贅沢する姿に、怒りを覚える。だがまだ早い。
12歳になる頃、4つ歳上の姉が神殿から泣いて帰ってきた。婚約者である別国の王子へ嫁ぐ日が決まったと報告に向かい、破れて汚れたドレス姿で……赤い血を流して戻されたのだ。神殿の言い分によれば、神が神官の1人に乗り移り、姉を召したという。
馬鹿な! そう叫んだ声は、喉の奥に張り付いた。汚された姉は、翌朝自殺した。出会って一目惚れし、指折り数えて嫁ぐ日を待った、優しい姉は……心を殺されたのだ。神殿に身を捧げる神官の1人が、王太子に告げた真実は残酷なものだった。
姉を汚したのは1人ではない。主神殿の大広間で、複数の神官により追い回され逃げ惑い、祭壇の上で複数の男が彼女を犯した。その中には金を払って参加した貴族もいたという。
愕然とした。神は何をしておられるのか。天に向かってそう罵った夜もある。善良な民や罪なき姉が虐げられているというのに、なぜ破壊神は沈黙するのか。嘆く王太子の味方は徐々に増えていった。神殿は不要と考える民も増えていたある日、国王である父は王太子へ王冠を譲ると口にした。
「私が即位するまで、タイフォン様はあの主神殿におられた。だが即位後すぐにお姿を消され、神殿から発表があったのだ。私の在位中は神がお戻りにならない――これ以上民を苦しめるなら、お前が継いでタイフォン様にお戻りいただくよりあるまい」
タイフォン神が神殿にあれば、神殿は勝手に神託を口にできない。王族が直接、破壊神タイフォン様と話をすることも出来るはず。神殿の力を削ぐには、もう選ぶ手段がない。諦めの表情で王冠を外し、王太子はそれを……受け取るしかなかった。
神殿側に知られぬよう、他国へ根回ししてから戴冠式を発表する。その準備を進める最中、雷は雲ひとつない空を貫いて落ちた。
神の怒り、嘆き――神が鳴る神罰のひとつ。
直撃した主神殿には、タイフォン神がおられた。長い黒髪を揺らし、紫水晶の瞳を怒りに染めて。彼の神は怒りと嫌悪を露わに、神官達を叱責した。そこで彼らの増長ぶりを改めて知る。神の僕であるはずの神官が、タイフォン様に反論したのだ。
驚きに目を見開き、慌てて平伏して敬意を示す。王家が知る作法に従い、利き腕を捧げて許しを請うた。神はその作法を「懐かしくも心地よい」と表現なさる。神殿はこんな基本の作法すら、神に捧げなかったのか。
何かあれば一度だけ祈りを聞き届ける旨を口にされたタイフォン様は、愛らしい同じ色のお子を抱きしめておられた。あれは神の寵児か。タイフォン神と同じ色を持つ、どこまでも美しい人。破壊と死を司る神の腕の中で、あどけなく笑う姿に目を奪われた。
この国の守護は、破壊神タイフォン様だ。これは揺るぎない。あの方は国の中の悪を一掃する許可を下された。姉や民が苦しんだ痛みを、あの方は受け止めて返してくださる。この国を滅ぼさずに残したのだから。
「いつか……」
死ぬまでにもう一度、神々しいお二人を目にしたい。国王となる王太子はそう願い、国を必死に立て直した。やがて死の間際に、その願いを口にして……叶えられるまで。
物心ついた時から、王族より神殿の方が上だった。地位は最上位のはずの父王は、神殿からの要求を突っぱねることが出来ない。政はもちろんのこと、王侯貴族の婚姻にまで口出しされた。
幼い頃はそれが当たり前で、おかしいと思わない。だが、8歳の頃に隣国の王子が留学してきた。彼が指摘して、初めて王族は神殿より権威があるのだと知る。国を治めるのが王族の務めであり、神の威光を知らしめ信仰を集めるのが神殿の役目だと。
反発しても潰される。ならば良識ある貴族と手を組み、裏で調査を始めた。神殿が裏で行う人身売買や、民から巻き上げた金で贅沢する姿に、怒りを覚える。だがまだ早い。
12歳になる頃、4つ歳上の姉が神殿から泣いて帰ってきた。婚約者である別国の王子へ嫁ぐ日が決まったと報告に向かい、破れて汚れたドレス姿で……赤い血を流して戻されたのだ。神殿の言い分によれば、神が神官の1人に乗り移り、姉を召したという。
馬鹿な! そう叫んだ声は、喉の奥に張り付いた。汚された姉は、翌朝自殺した。出会って一目惚れし、指折り数えて嫁ぐ日を待った、優しい姉は……心を殺されたのだ。神殿に身を捧げる神官の1人が、王太子に告げた真実は残酷なものだった。
姉を汚したのは1人ではない。主神殿の大広間で、複数の神官により追い回され逃げ惑い、祭壇の上で複数の男が彼女を犯した。その中には金を払って参加した貴族もいたという。
愕然とした。神は何をしておられるのか。天に向かってそう罵った夜もある。善良な民や罪なき姉が虐げられているというのに、なぜ破壊神は沈黙するのか。嘆く王太子の味方は徐々に増えていった。神殿は不要と考える民も増えていたある日、国王である父は王太子へ王冠を譲ると口にした。
「私が即位するまで、タイフォン様はあの主神殿におられた。だが即位後すぐにお姿を消され、神殿から発表があったのだ。私の在位中は神がお戻りにならない――これ以上民を苦しめるなら、お前が継いでタイフォン様にお戻りいただくよりあるまい」
タイフォン神が神殿にあれば、神殿は勝手に神託を口にできない。王族が直接、破壊神タイフォン様と話をすることも出来るはず。神殿の力を削ぐには、もう選ぶ手段がない。諦めの表情で王冠を外し、王太子はそれを……受け取るしかなかった。
神殿側に知られぬよう、他国へ根回ししてから戴冠式を発表する。その準備を進める最中、雷は雲ひとつない空を貫いて落ちた。
神の怒り、嘆き――神が鳴る神罰のひとつ。
直撃した主神殿には、タイフォン神がおられた。長い黒髪を揺らし、紫水晶の瞳を怒りに染めて。彼の神は怒りと嫌悪を露わに、神官達を叱責した。そこで彼らの増長ぶりを改めて知る。神の僕であるはずの神官が、タイフォン様に反論したのだ。
驚きに目を見開き、慌てて平伏して敬意を示す。王家が知る作法に従い、利き腕を捧げて許しを請うた。神はその作法を「懐かしくも心地よい」と表現なさる。神殿はこんな基本の作法すら、神に捧げなかったのか。
何かあれば一度だけ祈りを聞き届ける旨を口にされたタイフォン様は、愛らしい同じ色のお子を抱きしめておられた。あれは神の寵児か。タイフォン神と同じ色を持つ、どこまでも美しい人。破壊と死を司る神の腕の中で、あどけなく笑う姿に目を奪われた。
この国の守護は、破壊神タイフォン様だ。これは揺るぎない。あの方は国の中の悪を一掃する許可を下された。姉や民が苦しんだ痛みを、あの方は受け止めて返してくださる。この国を滅ぼさずに残したのだから。
「いつか……」
死ぬまでにもう一度、神々しいお二人を目にしたい。国王となる王太子はそう願い、国を必死に立て直した。やがて死の間際に、その願いを口にして……叶えられるまで。
85
お気に入りに追加
1,337
あなたにおすすめの小説
【完結】少年王が望むは…
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
BL
シュミレ国―――北の山脈に背を守られ、南の海が恵みを運ぶ国。
15歳の少年王エリヤは即位したばかりだった。両親を暗殺された彼を支えるは、執政ウィリアム一人。他の誰も信頼しない少年王は、彼に心を寄せていく。
恋ほど薄情ではなく、愛と呼ぶには尊敬や崇拝の感情が強すぎる―――小さな我侭すら戸惑うエリヤを、ウィリアムは幸せに出来るのか?
【注意事項】BL、R15、キスシーンあり、性的描写なし
【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう、カクヨム
僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい
夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが……
◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。
【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜
N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。
表紙絵
⇨元素 様 X(@10loveeeyy)
※独自設定、ご都合主義です。
※ハーレム要素を予定しています。
【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する
SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。
☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます!
冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫
——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」
元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。
ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。
その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。
ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、
——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」
噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。
誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。
しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。
サラが未だにロイを愛しているという事実だ。
仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——……
☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので)
☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者
みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】
リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。
ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。
そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。
「君とは対等な友人だと思っていた」
素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。
【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】
* * *
2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる