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87.どこまでも美しく(SIDE王太子)
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*****SIDE ティターン王太子
物心ついた時から、王族より神殿の方が上だった。地位は最上位のはずの父王は、神殿からの要求を突っぱねることが出来ない。政はもちろんのこと、王侯貴族の婚姻にまで口出しされた。
幼い頃はそれが当たり前で、おかしいと思わない。だが、8歳の頃に隣国の王子が留学してきた。彼が指摘して、初めて王族は神殿より権威があるのだと知る。国を治めるのが王族の務めであり、神の威光を知らしめ信仰を集めるのが神殿の役目だと。
反発しても潰される。ならば良識ある貴族と手を組み、裏で調査を始めた。神殿が裏で行う人身売買や、民から巻き上げた金で贅沢する姿に、怒りを覚える。だがまだ早い。
12歳になる頃、4つ歳上の姉が神殿から泣いて帰ってきた。婚約者である別国の王子へ嫁ぐ日が決まったと報告に向かい、破れて汚れたドレス姿で……赤い血を流して戻されたのだ。神殿の言い分によれば、神が神官の1人に乗り移り、姉を召したという。
馬鹿な! そう叫んだ声は、喉の奥に張り付いた。汚された姉は、翌朝自殺した。出会って一目惚れし、指折り数えて嫁ぐ日を待った、優しい姉は……心を殺されたのだ。神殿に身を捧げる神官の1人が、王太子に告げた真実は残酷なものだった。
姉を汚したのは1人ではない。主神殿の大広間で、複数の神官により追い回され逃げ惑い、祭壇の上で複数の男が彼女を犯した。その中には金を払って参加した貴族もいたという。
愕然とした。神は何をしておられるのか。天に向かってそう罵った夜もある。善良な民や罪なき姉が虐げられているというのに、なぜ破壊神は沈黙するのか。嘆く王太子の味方は徐々に増えていった。神殿は不要と考える民も増えていたある日、国王である父は王太子へ王冠を譲ると口にした。
「私が即位するまで、タイフォン様はあの主神殿におられた。だが即位後すぐにお姿を消され、神殿から発表があったのだ。私の在位中は神がお戻りにならない――これ以上民を苦しめるなら、お前が継いでタイフォン様にお戻りいただくよりあるまい」
タイフォン神が神殿にあれば、神殿は勝手に神託を口にできない。王族が直接、破壊神タイフォン様と話をすることも出来るはず。神殿の力を削ぐには、もう選ぶ手段がない。諦めの表情で王冠を外し、王太子はそれを……受け取るしかなかった。
神殿側に知られぬよう、他国へ根回ししてから戴冠式を発表する。その準備を進める最中、雷は雲ひとつない空を貫いて落ちた。
神の怒り、嘆き――神が鳴る神罰のひとつ。
直撃した主神殿には、タイフォン神がおられた。長い黒髪を揺らし、紫水晶の瞳を怒りに染めて。彼の神は怒りと嫌悪を露わに、神官達を叱責した。そこで彼らの増長ぶりを改めて知る。神の僕であるはずの神官が、タイフォン様に反論したのだ。
驚きに目を見開き、慌てて平伏して敬意を示す。王家が知る作法に従い、利き腕を捧げて許しを請うた。神はその作法を「懐かしくも心地よい」と表現なさる。神殿はこんな基本の作法すら、神に捧げなかったのか。
何かあれば一度だけ祈りを聞き届ける旨を口にされたタイフォン様は、愛らしい同じ色のお子を抱きしめておられた。あれは神の寵児か。タイフォン神と同じ色を持つ、どこまでも美しい人。破壊と死を司る神の腕の中で、あどけなく笑う姿に目を奪われた。
この国の守護は、破壊神タイフォン様だ。これは揺るぎない。あの方は国の中の悪を一掃する許可を下された。姉や民が苦しんだ痛みを、あの方は受け止めて返してくださる。この国を滅ぼさずに残したのだから。
「いつか……」
死ぬまでにもう一度、神々しいお二人を目にしたい。国王となる王太子はそう願い、国を必死に立て直した。やがて死の間際に、その願いを口にして……叶えられるまで。
物心ついた時から、王族より神殿の方が上だった。地位は最上位のはずの父王は、神殿からの要求を突っぱねることが出来ない。政はもちろんのこと、王侯貴族の婚姻にまで口出しされた。
幼い頃はそれが当たり前で、おかしいと思わない。だが、8歳の頃に隣国の王子が留学してきた。彼が指摘して、初めて王族は神殿より権威があるのだと知る。国を治めるのが王族の務めであり、神の威光を知らしめ信仰を集めるのが神殿の役目だと。
反発しても潰される。ならば良識ある貴族と手を組み、裏で調査を始めた。神殿が裏で行う人身売買や、民から巻き上げた金で贅沢する姿に、怒りを覚える。だがまだ早い。
12歳になる頃、4つ歳上の姉が神殿から泣いて帰ってきた。婚約者である別国の王子へ嫁ぐ日が決まったと報告に向かい、破れて汚れたドレス姿で……赤い血を流して戻されたのだ。神殿の言い分によれば、神が神官の1人に乗り移り、姉を召したという。
馬鹿な! そう叫んだ声は、喉の奥に張り付いた。汚された姉は、翌朝自殺した。出会って一目惚れし、指折り数えて嫁ぐ日を待った、優しい姉は……心を殺されたのだ。神殿に身を捧げる神官の1人が、王太子に告げた真実は残酷なものだった。
姉を汚したのは1人ではない。主神殿の大広間で、複数の神官により追い回され逃げ惑い、祭壇の上で複数の男が彼女を犯した。その中には金を払って参加した貴族もいたという。
愕然とした。神は何をしておられるのか。天に向かってそう罵った夜もある。善良な民や罪なき姉が虐げられているというのに、なぜ破壊神は沈黙するのか。嘆く王太子の味方は徐々に増えていった。神殿は不要と考える民も増えていたある日、国王である父は王太子へ王冠を譲ると口にした。
「私が即位するまで、タイフォン様はあの主神殿におられた。だが即位後すぐにお姿を消され、神殿から発表があったのだ。私の在位中は神がお戻りにならない――これ以上民を苦しめるなら、お前が継いでタイフォン様にお戻りいただくよりあるまい」
タイフォン神が神殿にあれば、神殿は勝手に神託を口にできない。王族が直接、破壊神タイフォン様と話をすることも出来るはず。神殿の力を削ぐには、もう選ぶ手段がない。諦めの表情で王冠を外し、王太子はそれを……受け取るしかなかった。
神殿側に知られぬよう、他国へ根回ししてから戴冠式を発表する。その準備を進める最中、雷は雲ひとつない空を貫いて落ちた。
神の怒り、嘆き――神が鳴る神罰のひとつ。
直撃した主神殿には、タイフォン神がおられた。長い黒髪を揺らし、紫水晶の瞳を怒りに染めて。彼の神は怒りと嫌悪を露わに、神官達を叱責した。そこで彼らの増長ぶりを改めて知る。神の僕であるはずの神官が、タイフォン様に反論したのだ。
驚きに目を見開き、慌てて平伏して敬意を示す。王家が知る作法に従い、利き腕を捧げて許しを請うた。神はその作法を「懐かしくも心地よい」と表現なさる。神殿はこんな基本の作法すら、神に捧げなかったのか。
何かあれば一度だけ祈りを聞き届ける旨を口にされたタイフォン様は、愛らしい同じ色のお子を抱きしめておられた。あれは神の寵児か。タイフォン神と同じ色を持つ、どこまでも美しい人。破壊と死を司る神の腕の中で、あどけなく笑う姿に目を奪われた。
この国の守護は、破壊神タイフォン様だ。これは揺るぎない。あの方は国の中の悪を一掃する許可を下された。姉や民が苦しんだ痛みを、あの方は受け止めて返してくださる。この国を滅ぼさずに残したのだから。
「いつか……」
死ぬまでにもう一度、神々しいお二人を目にしたい。国王となる王太子はそう願い、国を必死に立て直した。やがて死の間際に、その願いを口にして……叶えられるまで。
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