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85.もう帰って眠ろう?

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 周囲を取り巻く魔力と神力が混じっていく。赤と黒が螺旋を描き、セティの怒りの声が僕を起こした。

「黙れっ! オレの色を持つ子供を鎖で繋ぎ、痩せ細るまで虐げた者らが、何を主張するのか」

 抱きしめた子猫が震えている。爪を立ててしがみつき、小さな声で鳴いた。目を開いたらセティの怒った顔が見えて、綺麗で驚く。怒鳴ってる人って、みんな怖い顔になる。どろどろした感じで、僕は嫌いだった。その感じがないんだ。セティは神様だから、やっぱり違うのかな。

「我らにそんな気はっ」

「神に反論するのか」

 セティの声が低くなった。動く喉を見ながら、僕はもう一度目を閉じる。聞こえる音はいろいろで、でも怖い音は聞こえない。安心して体の力を抜いた。

「そ、そのような……ただ、あなた様に喜んでいただこうと」

「オレのために虐げたと言うのか」

 なんか気になって目を開けた。セティは厳しい顔をしているけど、やっぱり綺麗だ。長い黒髪が風に揺れて、思わず指を伸ばした。指先で黒髪を掴んだ途端、セティの表情が変わる。柔らかな笑みを浮かべて、僕と目を合わせてくれた。

 紫色がいつもより濃く見えて、黒髪から頬へ手を滑らせる。目のそばを触ってから、ほわりと笑った。

「起きたか?」

「うん……、っ?」

 後ろが怖い。気になって振り向くと、肌が黒く汚れた人に睨まれた。ほかの人も僕を怖い目で見ていた。なんで? 僕がセティと一緒だから?

 きゅっと唇を噛んだ。前に蹴ったり叩いたりした人と同じ目をしてる。腕の中のトムを抱いて、顔をセティの方へ向けた。怖いからあっちは見ない。それでも見られてるのはわかった。なんだか背中や肩がぞわぞわする。

「お前達は勘違いしているが、この子は神族だ。神格を得た我が伴侶を睨むとは……よほど命が惜しくないと見えるな」

「……結局、国ごと消すのかよ」

 ゲリュオンの声に、セティの胸元に押し付けた顔をそっと上げる。セティの肩から覗き込んだゲリュオンは、ふさふさしていた。腕や胸にも黒っぽい毛が生えてて、ぬいぐるみのフォンみたい。

「熊なんだがな」

 ぷっと噴き出したセティと逆に、ゲリュオンは複雑そうな顔をした。狼じゃないぞと言われて、僕は頷く。狼は四つん這いだけど、熊は立つんだよね。絵本で覚えたから、ちゃんと知ってるよ。

「ゲリュオン、熊になったの?」

「戦神様?!」

 僕が名前を呼んだら、誰かが叫んだ。びくっと肩が震える。あの声、怖い目で見た人だ。首を竦めて、セティの胸元を握った。震える僕の頭に、ゲリュオンの大きな手が乗せられる。首が揺れるほど撫でられて、気持ちが緩んだ。ゲリュオンもセティもいるのに、怖がる僕がおかしい。

「呼ぶことを許した覚えはねえが……まあ、タイフォンがこの国を滅ぼそうとした理由はわかった」

 ゲリュオンの声もいつもより低くて、見上げると2人とも笑い返してくれた。だから僕、もういいよ。怖くても我慢できるし、トムもいるから。もう帰ってみんなで眠ろう?
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