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84.信仰の対価だ(SIDEセティ)
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*****SIDE セティ
「俺も暴れてきていいか?」
「好きにしろ」
許可を与えると、ゲリュオンは大喜びで地上へ降りた。巨大な熊の姿を取り、向かってくる人間を蹴散らす。
なるほど……お優しいことだ。戦いと争いを司るくせに、あの男は甘い。オレが指先で街を焼き尽くさぬよう、善良な人々が生き残るチャンスを与える気だった。少なくともゲリュオンが地上にいる間、オレは街を消滅させる魔法は使わない。友人ごと消し去る気はないからだ。
逆手にとって、あの男は熊に変身した。魔獣の攻撃だと思えば、戦える人間しか飛び出してこない。騎士や兵士が前線に立ち、一般の国民は隠れて震えているはずだ。戦い方を限定されたことに、不思議と腹は立たなかった。
腕の中で眠るイシスは、ぬいぐるみ代わりに子猫を抱きしめる。雷の音に震える子猫を頬に擦り寄せ目を閉じる子供の姿は、オレの気持ちを和らげた。
多少の手加減をしてやってもいいと思う程度には、心が凪いでいく。雷を王城の塔へ、続いて神殿の屋根に落とした。神のために身を粉にして尽くす神殿の住人が、王城と張り合うほど高い場所に住む必要はない。地に身を伏せ、神に祈りながら人々に寄り添うのが役目のはずだった。
これはどの神殿でも同じだ。神々の恩恵を願い、人々に奉仕するのが神職の務め――政に口をだし、身勝手な欲望で人々から金銭を巻き上げる下賤は、必要あるまい。
崩れる屋根に悲鳴をあげて飛び出した者らの、でっぷりと肥えた腹に眉を顰めた。清貧を旨とするはずが、随分と強欲に食らったものよ。雷で神殿を真ん中から裂いた。その裂け目から炎が上がる。
「愚かにも程がある」
くつりと喉を鳴らし、風に揺れる黒髪を一瞥した。腕の中のイシスがまだ目覚めぬのを確かめ、念のために結界で包んだ。瞬きひとつで衣装を変える。
破壊神の象徴である黒い衣を引きずり、長い黒髪を背に垂らしたまま……神殿の上に顕現した。腕の中で眠るイシスは白い衣装で包み、金の子猫を抱きしめる姿は天使のようだ。
「ああ、我らがタイフォン神よ」
「他の神の怒りより、我らを守りたまえ」
「捧げし信仰の対価を」
自分勝手に保身を願う言葉に、口角が持ち上がった。笑みを浮かべたと感じ、祈りが通ったと勘違いしたところで、オレは冷たく突き放した。
「この雷はオレの怒りであり、オレが下した神罰――信仰に対価だと? 誰がオレにそれを求めるのか。オレは祀れと言ったことなど、一度もないぞ」
勝手に恐れて祀ったのはそちらの自由。庇護するかどうかを決めるのは、こちらの自由だ。強要される謂れはない。
「我らはあなた様を信仰する民ですぞ」
「それがどうした? オレには必要ない」
信仰がなければ弱体化するのは、神格が低い神だけだ。最高神の地位にあるタイフォンには関係なく、そもそも人の信仰程度で力が左右されるほど弱くもない。
「贄を……その贄を用意したのは我ら……っ!」
イシスを指さした男を雷で撃った。真っ黒に焼けた体がかしいで倒れる。
「黙れっ! オレの色を持つ子供を鎖で繋ぎ、痩せ細るまで虐げた者らが、何を主張するのか」
目の前が赤く見えるほど、怒りが吹き上がった。
「俺も暴れてきていいか?」
「好きにしろ」
許可を与えると、ゲリュオンは大喜びで地上へ降りた。巨大な熊の姿を取り、向かってくる人間を蹴散らす。
なるほど……お優しいことだ。戦いと争いを司るくせに、あの男は甘い。オレが指先で街を焼き尽くさぬよう、善良な人々が生き残るチャンスを与える気だった。少なくともゲリュオンが地上にいる間、オレは街を消滅させる魔法は使わない。友人ごと消し去る気はないからだ。
逆手にとって、あの男は熊に変身した。魔獣の攻撃だと思えば、戦える人間しか飛び出してこない。騎士や兵士が前線に立ち、一般の国民は隠れて震えているはずだ。戦い方を限定されたことに、不思議と腹は立たなかった。
腕の中で眠るイシスは、ぬいぐるみ代わりに子猫を抱きしめる。雷の音に震える子猫を頬に擦り寄せ目を閉じる子供の姿は、オレの気持ちを和らげた。
多少の手加減をしてやってもいいと思う程度には、心が凪いでいく。雷を王城の塔へ、続いて神殿の屋根に落とした。神のために身を粉にして尽くす神殿の住人が、王城と張り合うほど高い場所に住む必要はない。地に身を伏せ、神に祈りながら人々に寄り添うのが役目のはずだった。
これはどの神殿でも同じだ。神々の恩恵を願い、人々に奉仕するのが神職の務め――政に口をだし、身勝手な欲望で人々から金銭を巻き上げる下賤は、必要あるまい。
崩れる屋根に悲鳴をあげて飛び出した者らの、でっぷりと肥えた腹に眉を顰めた。清貧を旨とするはずが、随分と強欲に食らったものよ。雷で神殿を真ん中から裂いた。その裂け目から炎が上がる。
「愚かにも程がある」
くつりと喉を鳴らし、風に揺れる黒髪を一瞥した。腕の中のイシスがまだ目覚めぬのを確かめ、念のために結界で包んだ。瞬きひとつで衣装を変える。
破壊神の象徴である黒い衣を引きずり、長い黒髪を背に垂らしたまま……神殿の上に顕現した。腕の中で眠るイシスは白い衣装で包み、金の子猫を抱きしめる姿は天使のようだ。
「ああ、我らがタイフォン神よ」
「他の神の怒りより、我らを守りたまえ」
「捧げし信仰の対価を」
自分勝手に保身を願う言葉に、口角が持ち上がった。笑みを浮かべたと感じ、祈りが通ったと勘違いしたところで、オレは冷たく突き放した。
「この雷はオレの怒りであり、オレが下した神罰――信仰に対価だと? 誰がオレにそれを求めるのか。オレは祀れと言ったことなど、一度もないぞ」
勝手に恐れて祀ったのはそちらの自由。庇護するかどうかを決めるのは、こちらの自由だ。強要される謂れはない。
「我らはあなた様を信仰する民ですぞ」
「それがどうした? オレには必要ない」
信仰がなければ弱体化するのは、神格が低い神だけだ。最高神の地位にあるタイフォンには関係なく、そもそも人の信仰程度で力が左右されるほど弱くもない。
「贄を……その贄を用意したのは我ら……っ!」
イシスを指さした男を雷で撃った。真っ黒に焼けた体がかしいで倒れる。
「黙れっ! オレの色を持つ子供を鎖で繋ぎ、痩せ細るまで虐げた者らが、何を主張するのか」
目の前が赤く見えるほど、怒りが吹き上がった。
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