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64.お嫁さんになるんだよ

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 朝からセティに勉強を教わった。絵本が自分で読めるようになりたいと言ったら、文字を覚える本をくれる。

「全部で26文字だ。それを組み合わせれば言葉になる」

 ひとつずつ眺めた。炭で作った黒い棒を布で巻いて、がりがりと音をさせて書く。なかなか同じ形にならないけど、何回も練習すると似てきた。

「これ!」

「立派だ。さすがイシスだ」

 セティはずっと褒めてくれる。間違っている場所だけ、優しく指差して直してくれた。僕もやれば出来ると自信がつく。だって、セティがいてくれるから。頑張って何度も書くのも、全然嫌じゃなかった。

 外へ出ると、セティを変な目で見る髪の長い人間がいる。胸のあたりが膨らんでるのは女性と呼ぶみたい。その人達はセティをジロジロ見た後、必ず僕を睨んだ。それがすごく嫌だ。僕からセティを取ろうとしてる。

 だから宿の部屋で一緒にいる時間が好き。僕だけ見てくれて、僕以外が見れないセティがいるんだよ。読めるようになるまで、セティが絵本を読んでくれる約束もした。仲良くなるお呪いの前に読んでもらう。じゃないと寝ちゃうから。

「今日はここまで。後は読む練習しようか」

 たくさん書くと手が痛くなるみたい。セティが炭と紙を片付けた。一緒に手洗いを済ませ、お昼ご飯を齧る。部屋に運んでくれるよう頼んであったんだって。パンに肉と草を挟んでる。そういえば、食べられる草は野菜と言うのも教えてもらった。

 草は食べられなくて、でも薬にしたりする。野菜は食べられる草……? お皿に乗って出てくるのは野菜と呼べばいいかも。食べられない草はお皿に乗ってこないと思う。大きなパンなので、目一杯口を開けても入らない気がした。

「貸してみろ」

 慣れた様子で小さく切ってくれる。セティの手はいろんなことが出来て、優しくて温かい。でも手のひらが硬いんだ。セティと違う部分を見つけたら、忘れないように何度も触って覚えた。暗くて見えない場所でもセティがわかるように。今の僕はそのくらいしか出来ないけど、いつかセティの役に立ちたい。

「あーん」

 切り終えたパンを差し出され、ぱくっと齧る。昨日より小さく切ってくれたから、頬がパンパンにならなかった。食べやすい。お肉も柔らかい。噛むと汁が口の中に出てきて、すごく美味しかった。

「美味しい!」

「よかった。匂いも平気か?」

 どう言う意味かと聞いてみたら、香辛料という匂いがする実や草が入ってるんだって。ピリッとするのがそれ? まだ食べてないパンを匂ってみたら、薬の草と似た匂いがした。

「これはセティと摘んだ草! スッとする」

「よく覚えてたな。イシスは賢い」

 くすくす笑ったセティが、摘んだ草を見せてくれた。野宿の時に摘んだ草だ。鼻の側に持って行ったら匂いが同じだった。

「これは料理に使えて、薬にもなる。覚えておけよ」

「うん」

 お昼のパンを食べ終え、両手を拭いてからベッドに座る。セティが膝に乗せてくれた。一緒に絵本を開く。前に読んでもらった黒い神様の本ではなく、別の絵本だった。お姫様が悪魔に攫われて、勇者が助けに行く話だ。前に綺麗なお姫様の本を眺めていたときは、話を知らなかった。助けに来た勇者と結婚して、めでたしめでたし。

「セティ、結婚ってなに?」

「一生ずっと、死ぬまで愛していますと誓うことだ。神様の前で誓うのが多いな」

「じゃあ、僕もセティと結婚できる?」

「ああ! ああ、もちろんだ。イシスはオレのお嫁さんになるんだよ」

 セティが喜んでくれて本当によかった。
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