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60.セティの隣にいるのが仕事

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 宿を出て屋台でご飯を食べて、もらったジュースを飲みながらセティの隣に座る。今日は空が雲に覆われていて、灰色だった。噴水の近くにあるベンチに座った僕の前を、忙しそうに人間が歩いていく。手に道具を持っていたり、大切そうに箱を抱えた人もいた。

「あの人達、何してるの?」

「仕事だな。あっちは家を作ったり直す人、こっちは何か売ってる人か」

 セティの説明に、仕事という聞きなれない単語が入っていた。その意味がよくわからない。前に神殿に来た人が「仕事じゃなきゃ誰があんたの面倒なんて!」って怒ったことを思い出した。僕の面倒は誰かの仕事だったの? じゃあ、今はセティの仕事になったのかな。ずっと一緒にいてくれるし。

 見上げると困ったような顔をして、唸るセティがいる。

「仕事ってのは……働くことだ。誰かのために働いたら、相手がその分のお金をくれる。今度はお金を払って、別の人の仕事に対価を払う。ああ、っと……対価が分からないよな」

 説明が難しいとセティが眉を寄せた。すごく悪いことをした気になる。怒られたときみたいな感じがした。僕が分からないからセティが困ってる。僕が悪いんだ。

「ごめ、なさ……」

 もう捨てられちゃうかもしれない。僕は面倒だから置いていくんだと思う。じんと目の奥が痛くて顔をきゅっとしかめたら、いきなり抱っこされた。手に持っていたジュースが地面に落ちちゃう。伸ばした手は間に合わなくて、ジュースのコップが転がった。

 足元にオレンジ色の水たまりが出来る。でも僕はちゃんと見ていなかった。だってセティが痛そうな顔で僕を抱っこしているんだ。きっとケガしたに違いない。どこが痛いんだろう、すごく辛そう。僕が代わりに痛くなればいいのに。

「イシス、お前は悪くない。こうしてイシスを抱っこすると痛みも消える」

「抱っこで、いいの?」

 セティが頷いたから、僕は必死で手を背中に回した。大きい背中全部に届かないけど、出来るだけ抱っこ出来るように。早く大きくなってセティを全部抱っこして、痛くなくなるといいな。そうしたらセティは僕を一緒に連れてってくれるでしょ?

「可愛いこと言うなよ」

 理性が……とか、聞いたことない言葉を並べるセティの胸に顔をうずめて、僕は一生懸命抱き着いていた。このまま溶けちゃいたい。

「例えばイシスがご飯を用意するだろ、そのお礼にオレがお金を払う。これが仕事の仕組みだ」

「でもご飯はいつもセティがくれる」

「ああ、うん。たとえ話自体が通じないか。じゃあ、あの子を見てみろ」

 セティが指さす先に小さな子供がいた。たぶん僕と同じくらいの大きさの子。草をたくさん持っていて、お店に入っていく。出てきた時にはきらきら光る金属を持っていた。

「今の子供は森で薬草を採ってきて、お店の人に売る。これが仕事だ。そのあと光るお金を持っていただろ? あれが対価。あのお金があれば、子供はご飯が食べられるし住むところも手に入る。どうだ?」

 理解できたかと問うセティに頷き、ゆっくり頭の中を整理した。対価はお金、お金があればご飯が買える。お金をもらうために仕事をすればいい。あれ? おかしいな。僕は仕事してないよ。

「僕は仕事しないのに、どうしてご飯食べたの?」

 セティの言う通りなら、僕はご飯食べちゃダメだ。仕事してないもの。

「仕事ならしてるさ。イシスはオレの贄で嫁だ。隣にいてオレを抱きしめるのが仕事だぞ」

 そのために仲良くなるお呪いもしてるだろ? くすくす笑うセティの顔を見上げ、僕はようやく安心した。一緒にご飯食べて、セティの隣にいてもいいんだよね。
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