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57.嫁の名を与えた意味(SIDEセティ)
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*****SIDE セティ
「お前が面倒みる姿なんざ、数万年に一度の珍事だ」
葡萄酒をがぶ飲みしながら、げらげら笑う。神の末席に名を連ねる男だが、見た目のとおり豪快な性格をしていた。気に入ればどこまでも味方をする。神の中ではお人よしに分類されるゲリュオンは、オレの弟分だった。手下とも違う、役に立つ頼れる存在だ。
怯えたイシスが姿勢を正すと、凛とした雰囲気が漂う。ただの贄ではないことに気づいたゲリュオンは、イシスに名を尋ねた。第一関門クリアだ。好き嫌いのはっきりした男だから、興味がなければ名を聞かない。その場限りの付き合いで終わるのが常だった。
じっと見つめた後で、ゲリュオンは気づいたはずだ。イシスが置かれていた環境に……。神殿式の挨拶を知るのに常識がなく、大柄な男が近づくだけで怯えて頭を守ろうとする。それでいて純粋で素直な眼差しが示す内面の清らかさ。
アンバランスな子供の美しさは、オレでなくとも気づくだろう。様子を窺ってから答えるイシスは、己の名が示す意味を知らない。
「イシス」
短く名を答える。神族以外が名付けられない響きを、人間に与えた神はいない。その慣習を破ったオレの口元が笑みを浮かべた。案の定驚いた顔をして、ゲリュオンは食って掛かる。
『まずいぞ! その響きはあんたの嫁に与えられる名じゃないか』
『……間違ってないだろ。嫁だ』
『冗談を言ってる場合じゃ! くそ、最悪だ』
大げさに騒ぐゲリュオンに肩を竦めた。不安そうなイシスのために、古代語での会話を打ち切った。食事中で空腹なイシスは我慢している。これ以上待たせるのは可哀想だろう。穏やかな笑みを浮かべて、表情を作った。
「ほら、冷めちゃうからご飯を食べよう」
頷いたイシスに、切り分けた肉を差し出す。香草がふんだんに使われた肉は、見た目は柔らかそうだった。赤身を「あーん」して口に入れる。小さめに切ったのに、いつまでもイシスは噛んでいた。試しに口に入れると思ったより硬い。
「筋肉か?」
これはイシスには無理だ。早々に羊肉を諦めた。隣のゲリュオンが欲しがるので、皿ごと押しやる。
新しく頼んだ魚を解し、当たり前のように口を開いて待つ子供に微笑みかけた。自分の手にスプーンを握っているのに、食べさせてもらうのが当たり前だと思っている。そんな面倒くさそうな子供を、可愛いと思う日が来るなんてな。
「あーん」
動物に餌付けするように、少しずつイシスの中に自分を刷り込んでいく。この作業がとても楽しかった。表情を作らなくても笑みが浮かび、自然とイシスに柔らかな目を向けている。
「……よほど気に入ったみたいだが」
複雑そうな声でゲリュオンが呟く。ちらりと視線を向けると困惑顔だった。この変化に一番驚いているのは、オレ自身だ。
「壊すなよ?」
「ああ、もちろんだ。魂の一片まで可愛がるさ」
もぐもぐと口を動かすイシスの唇が、魚の油で鮮やかに色づく。垂れそうな油を指先で拭ってぺろりと舐めた。意味ありげに視線を送った弟分は、苦笑いして肩を竦める。
「なるほど、そういう意味か。嫁の名をつけるわけだ」
「理解してもらえてよかった」
ゲリュオンを味方につけておけば、いざというときイシスを安全に守る手段が増える。酒豪のゲリュオンのために大量の酒を注文し、オレも酒宴に付き合った。途中で眠くなったイシスを膝の上に抱き上げる。大柄なゲリュオンが大声で笑い騒ぐせいか、誰にも絡まれることはなかった。
「お前が面倒みる姿なんざ、数万年に一度の珍事だ」
葡萄酒をがぶ飲みしながら、げらげら笑う。神の末席に名を連ねる男だが、見た目のとおり豪快な性格をしていた。気に入ればどこまでも味方をする。神の中ではお人よしに分類されるゲリュオンは、オレの弟分だった。手下とも違う、役に立つ頼れる存在だ。
怯えたイシスが姿勢を正すと、凛とした雰囲気が漂う。ただの贄ではないことに気づいたゲリュオンは、イシスに名を尋ねた。第一関門クリアだ。好き嫌いのはっきりした男だから、興味がなければ名を聞かない。その場限りの付き合いで終わるのが常だった。
じっと見つめた後で、ゲリュオンは気づいたはずだ。イシスが置かれていた環境に……。神殿式の挨拶を知るのに常識がなく、大柄な男が近づくだけで怯えて頭を守ろうとする。それでいて純粋で素直な眼差しが示す内面の清らかさ。
アンバランスな子供の美しさは、オレでなくとも気づくだろう。様子を窺ってから答えるイシスは、己の名が示す意味を知らない。
「イシス」
短く名を答える。神族以外が名付けられない響きを、人間に与えた神はいない。その慣習を破ったオレの口元が笑みを浮かべた。案の定驚いた顔をして、ゲリュオンは食って掛かる。
『まずいぞ! その響きはあんたの嫁に与えられる名じゃないか』
『……間違ってないだろ。嫁だ』
『冗談を言ってる場合じゃ! くそ、最悪だ』
大げさに騒ぐゲリュオンに肩を竦めた。不安そうなイシスのために、古代語での会話を打ち切った。食事中で空腹なイシスは我慢している。これ以上待たせるのは可哀想だろう。穏やかな笑みを浮かべて、表情を作った。
「ほら、冷めちゃうからご飯を食べよう」
頷いたイシスに、切り分けた肉を差し出す。香草がふんだんに使われた肉は、見た目は柔らかそうだった。赤身を「あーん」して口に入れる。小さめに切ったのに、いつまでもイシスは噛んでいた。試しに口に入れると思ったより硬い。
「筋肉か?」
これはイシスには無理だ。早々に羊肉を諦めた。隣のゲリュオンが欲しがるので、皿ごと押しやる。
新しく頼んだ魚を解し、当たり前のように口を開いて待つ子供に微笑みかけた。自分の手にスプーンを握っているのに、食べさせてもらうのが当たり前だと思っている。そんな面倒くさそうな子供を、可愛いと思う日が来るなんてな。
「あーん」
動物に餌付けするように、少しずつイシスの中に自分を刷り込んでいく。この作業がとても楽しかった。表情を作らなくても笑みが浮かび、自然とイシスに柔らかな目を向けている。
「……よほど気に入ったみたいだが」
複雑そうな声でゲリュオンが呟く。ちらりと視線を向けると困惑顔だった。この変化に一番驚いているのは、オレ自身だ。
「壊すなよ?」
「ああ、もちろんだ。魂の一片まで可愛がるさ」
もぐもぐと口を動かすイシスの唇が、魚の油で鮮やかに色づく。垂れそうな油を指先で拭ってぺろりと舐めた。意味ありげに視線を送った弟分は、苦笑いして肩を竦める。
「なるほど、そういう意味か。嫁の名をつけるわけだ」
「理解してもらえてよかった」
ゲリュオンを味方につけておけば、いざというときイシスを安全に守る手段が増える。酒豪のゲリュオンのために大量の酒を注文し、オレも酒宴に付き合った。途中で眠くなったイシスを膝の上に抱き上げる。大柄なゲリュオンが大声で笑い騒ぐせいか、誰にも絡まれることはなかった。
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